6,ラチエン通りの香川屋分店!

 香川屋分店は海へ続くラチエン通り商店街にある老舗のお肉屋さん。店舗左手では主におばちゃんが一人か二人で所狭しとメンチやコロッケを揚げていて、各種揚げ物が並ぶショーケースと調理場を仕切るパーテーションにはテレビでよく見る著名人たちの写真がたくさん貼ってある。テレビ番組の収録で訪れたのだろう。ちなみに精肉はショーケースにはなく、冷蔵庫に保管してあるので言えば出してくれる。ここのトントロやわらかくてマジうまい。


「メンチとサザンコロッケ2個ずつお願いします」


「あいよ!」


 私たちがどうにか通行妨害にならない路肩に駐輪したとき、先客の気品の良い黒髪ロングのお姉さんが買い物をしている最中だった。サザンコロッケは微細に刻まれたワカメの入ったコロッケ。


 この20代半ばくらいのお姉さんはここや海岸で何度か見かけているから、おそらく近所に住んでいる。外観は昔ながらの庶民の精肉店だし実際そうだけど、上品な雰囲気の人もよく来る客を選ばない気さくな店。


 毎朝決まった時間、決まった車両に乗る通勤電車じゃないけど、この東海岸周辺は顔だけ知っている人が多い。それが近所のスーパーに行くと顔も知らない人だらけになるから不思議。


 お姉さんがパパッとピッタリ支払いを済ませ「ありがとうございます、またお願いしますね」と一礼して去ると、次は私たちの番。


「やあカメ! きょうも繁盛してるね!」


 ショーケース越しに店の息子、御年28歳の通称カメにご挨拶。身長170センチくらい、細い縁の眼鏡をかけ黒いパーカーを着ている筋肉質なアンチャン。幼馴染みで、十数年ほど前は道路に癇癪玉かんしゃくだまを投げ、行き交うクルマに踏ませてパンパン弾ける音を楽しんでいたけれど、いつしかやらなくなった。現在では店の裏に飛来する野生のカラスを手なずけている。私とまどかちゃんもよくそのカラスといっしょにメンチやコロッケを食べている。


 野生動物を餌付けしちゃいけないんだけどね。


「おう! なんかヤバそうなの連れてきたな」


「うん、高校でいっしょに陸上やってる武道。きょうはコイツの恋愛相談に乗ってあげてるんだ」


「うっす、よろしくお願いしやっす」


 同じく筋肉質の武道だけど、肝の小さいところがある彼は自分より強そうなカメに物怖じしている。


「おうよろしく。ちょうどカラスも来てるから裏で待ってて。手を洗ったら行く。で、何にする?」


 食品を扱っているので衛生管理は大切。カラスが来てもそれは失念しない。


「私はメンチ1個」


 まどかちゃんもメンチ1個。武道はメンチとカレーコロッケを1個ずつ。各々店先でソースをかけた。


 小さな水槽に大きな金魚が泳いでいる店の裏、築30年くらいのアパートとの狭間にある赤土の狭いスペース。水槽の隣にある裏口のひさしにはいつものカラスがちょこんと留まっている。個体の見分けはつかないけれど、いつもここにいるカラスだと思う。人を襲うことはなく、カメが餌付けしているからか商品の奪取もしない。店舗防衛の観点からアウトローながらも餌付けは必要なのかなと思った。


「美味いなこのメンチ!」


「でしょ。タマネギのみじん切りがちょっと大きめで食感がいいんだよね。しかも揚げたて」


 持ち帰ってから食べる場合はオーブントースターで温めるとサクサク感が復活する。


「肉屋で揚げ物買い食いとか、なんか私ら一昔前の学生っぽいことしてるね」


 まどかちゃんの発言で、私は気付いた。


「言われてみれば。うちら世代でもコンビニで揚げ物買うけど、道草っていえばカフェに行く子が多いよね」


「そうか? 俺はラーメン屋だけど」


「ラーメンいいね。走ってるといつも食べたくなる」


「カーア!」


 三人と一羽で雑談していると、裏口からカメが出てきた。


「なんかいい案浮かんだか?」


「全然浮かばないっす。それどころか彼氏がいたらと不安でたまらないっす」


「こんな感じで引き気味なんだよね」


「おうおうおう、いいか、引いていいのは弓だけだ。矢で相手のハートを射止めるんだ。それが人生だ」


「おお! カッコイイっすね! わかりやした! いま引いてるんで狙いが定まったら撃ちます!」


「わぁ単純だ。私なんかどうすればくっつけられるか真剣に考え込んじゃったけど、こんなんでいいんだ」


「そうだ、考えるな、感じろ! 当たって砕けろ下手な鉄砲数撃ちゃ当たる!」


「砕けるんすか!? 俺、砕けるんすか!?」


「砕けたっていいんだ。女は一人じゃない。現に目の前に二人いる。世界には35億いる。けど何もしなければ何も起きない。ゼロか35億か、究極の選択だ」


「う……うっす」


「よし頑張れ。んで、沙希とまどかは相変わらず彼氏ナシか?」


「そうなんだよね。フルーツの香りがする夢のような女子なのにね」


「私は、陸上が恋人だから」


 というまどかちゃんの目は斜め下へ泳いでいて、視線の先にはタバコの吸い殻が数本捨ててあった。


「なんだなんだ、彼氏いねぇのに恋愛相談乗ってんのか」


「うるさいな。恋に悩む子羊を見捨てるわけにはいかないじゃんか」


「子羊っていうよりキングコングだけどな」


「あざっす。キングコングって言われて光栄っす。沙希もまどかも相談乗ってくれてありがとな。実は二人のこと好きなヤツ、けっこういるぞ」


 え!? 武道の発言に私とまどかちゃんは驚いた。


「でも、誰にも告られてないよ?」


 私のこと好きなのかなって思った男子もいるけれど、いまは他の子と付き合っている。


「そうかもな。男子の間で沙希はマスコット的な存在だから、みんなで愛でるものだと暗黙の了解がある。抜け駆けなんかしたらハブられたりイジメられたりする懸念もあるだろうし。男は女よりもネチっこかったりするから、いろいろ大変なんだ」


「そっかぁ、モテる女はつらいなぁ」


 言った瞬間、三人が冷めた視線を送ってきた気がした。それに耐え兼ねた私はメンチを一口パクッ。美味しい。


「じゃあまどかはどうなんだ?」


 カメが訊いた。


「まどかはクールでカッコイイから人気なんすけど、そのクールな眼差しで、私アンタと付き合う気ないから。って突き放すように振られたら立ち直れないって、なかなか手を出せないみたいっす」


「いや、私そんなド直球なこと言わないよ。ちゃんとごめんね、ありがとう。って言う」


「へぇ、つまり少なくとも1回は告られてるんだ」


 告られたなら相手までもとは言わないけど教えてくれればいいのにと思いつつ、私はまどかちゃんにあざとい視線を送った。


「ま、まぁ一応……」


「そっか、そうだよね、高校生にもなればね」


 好きな人もいなければハッキリ告られたこともない私がいちばん遅れていると判明した瞬間だ。


 わ、私だって負けないんだから!


 大丈夫、私を気に入ってくれている男子は結構いるとわかったし、あとは私が好きな人を見つけて両想いになるだけ。


 けどそれが、難しいんだよね。

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