告白予告!

 セカンド、サードとギアチェンジをしながら自転車を加速。幹線道路の鉄砲道てっぽうみちを西へ進む。レジでおばちゃんと立ち話をしていたらコンビニを出る時間がいつもより2分遅くなってしまったので、少し速度を上げて走る。推定時速30キロ。


 これ以上出すと車体が不安定になり危険。私の自転車は自転車屋さんで定期的にメンテナンスをしてもらっているけれど、そうでない自転車や日頃から粗末な扱いをしている自転車は15キロくらいに抑えないとかなり危険。しかしそういう自転車が大多数を占める哀しき日本。


 家からスポーツ公園まで片道6キロとやや遠く、いつも要所要所で時計を確認しながら走っているから、何分にどこいれば間に合うかは承知。遅れを取り戻した鉄砲道とサザン通りが交わる交差点で速度を緩めた。といっても平均的なママチャリよりは少し速い推定時速20キロ。幹線道路ではいつもこれくらいの速度で走っている。


 空手道場の前を通過し、生チョコ発祥のお店の前にある横断歩道を渡って裏道に入った。


 裏道でスピードを出すと危ないから更に速度を緩め、幹線道路の自転車レーンでのみ速度を上げる。もちろん左側通行厳守。逆走ダメ、ゼッタイ。


 乾いた冷たい空気が容赦なく頬や耳を突き刺して痛い。あまりに刺激が強いせいか奥のほうが痒くなって、耳の中から何か出てきそう。


 スポーツ公園に行くまでの道のりは複雑で、幹線道路と裏道をジグザグ縫いながら西北へ進む。鉄砲道から臨む朝焼けの富士山は今朝もどっさり雪が積もっていて、そのなだらかな美しさにうっかり気を取られてしまいそうだった。


 陸上競技部は中学1年から続けていて、練習場は同じ。初めのころは余裕を持って家を出ても、道に迷って何度か遅刻した。


 6時53分、中島スポーツ公園に到着。一般的な競技場のように客席や売店はなく、天然芝が広がり外周に雑木林がある。400メートルトラックも舗装されておらず土のまま。トラックに併設されたテニスコートはネットで囲まれ舗装もされている。


 砂利道の路肩が駐輪スペースになっていて、空いているところに駐輪。トラックやテニスコートが低い位置にあり、競技場を俯瞰できる。すぐそばに平塚ひらつか市との境界にある相模川さがみがわが流れていて、小太鼓を強く叩くように鉄橋上を疾走する電車の音が聞こえる。電車の音といえば私は「キーンヒューウウウグオオオン」などだけど、昔の人が「ガタンガタン」と表現する理由がわかる。


「おはようございまーす」


 トラックとテニスコートの間の芝に座り込む先着部員10名とサングラスを掛けた強面こわもて顧問の仙田せんだ公一こういち、42歳、通称センコーにご挨拶。紫外線を浴びるためか、サングラスを掛けている運動部顧問は多い。


 元気だったり眠そうだったりの「おはよう」や「おはざーす」が芝から果てしない大空へ拡散された。センコーは何も言わず黙っていた。


 私の挨拶が不満だったのか、挨拶する相手を選ぶタイプなのか、気分屋なのか、読み兼ねている。理由はどうあれ、挨拶をしても返事のない人とは例え教員でも、周囲からどんなに立派と崇められている人でも、心を開かないようにしている。


 みんな白い息を吐いている。寄り合えば温かいけど、各々数十センチの距離を置いている。


「なぁ、練習終わったらちょっと話があるんだが、いいか?」


 私に寄ってきて尋ねたのは、身長160センチ台のマッチョ、同級生他クラスの合田あいだ武道たけみち。市内北部の萩園はぎぞの在住、高校で知り合った。


 ま、まさかこの展開って……!?


「ん? うん、わかった」


 鈍感なフリをして了承。


 正直、武道に恋心は抱いていない。だけどこう言われてしまっては意識せざるを得ない。


 うわあ、なんだか急に胸がざわざわしてきた。告白まであと2時間半。


 どうしようかな。断るか、付き合ってみるか。武道はイイヤツだから、付き合って好きになる恋愛もアリだとは思う。……やっぱダメかな?


「沙希、明からさまにそわそわしてるよ」


 告白を予告していつになくそわそわすると思いきや、普段通り堂々と振る舞う武道が私から離れると、こんどは中学からの親友で他クラス、副部長の城崎きのさきまどかがポンと背後から左肩を軽く掴んできた。セミショートヘアで無駄のない体躯のクールビューティー。兵庫県の有名歌劇団に入れそう。長距離ランナーで学業の成績も優秀。私が彼女に勝っている点は、いくらか胸がふっくらしているくらい。


「うん。だって、武道そんな素振り全然見せなかったじゃん」


 いまだって、いつも通り男子の群れに交じってお喋りしてるし。


「おお武道! 春が来たのか! みずくせぇなぁ言ってくれよ!」


「そうだぞ! こんどゴムの使い方教えてやる!」


「ご、ゴムだと!? お前まさかもう……?」


「おう! 一人でなら使ったことあるぜ!」


「俺も一人でなら使った!」


「そうか! がはははは!」


 あの三人、数メートル離れてるだけで会話が聞こえないと思ってるのかな。ていうか私で変な妄想すんな。


 ゴムといえば、私もちょっと気になることがある。


 あの色褪せた小さな自販機は使えるのだろうか? 故障していないのだろうか? 1台あたりの商品は3点。価格は1個5、6百円。もし飲み込まれてしまったら結構痛い額だ。


 1年女子グループ三名は小さく纏まってひそひそ話。「えー合田先輩とか生理的に無理」とか聞こえてるんだよ。お前らに用があるんじゃないんだからいちいちそんなこと言わなくていいじゃん。


 爽やか系イケメン部長の篠崎しのざき翔馬しょうまが呆れた表情と口調で「7時になったからアップだぞー」と皆を促し、彼を先頭に部員たちは気怠そうに公園外周をぞろぞろ一列で走り始めた。3年生は受験勉強や就職試験のため昨秋に引退しているので、私たち2年生が最年長だ。


 まばゆい朝陽と悪口陰口大好きな1年生女子部員の陰険なオーラ、そして男子たちのいやらしい視線を浴びながら、少しばかりアップダウンのある土や芝の上をゆっくり走る。お喋りすると翔馬に怒られるから黙ってるけど、人という生き物はそれでも何か感じるものがある。第六感だ。


 あれ、ちょっと待って。


 不意に思った。


 よく考えたら私、武道とあんなことやこんなことするの!? どどどうしよう! 私ピュアだからそこまで想像してなかった! 新江ノ島水族館えのすいでデートくらいしか考えてなかった!


 土に突き立った霜をザクザク踏んで走りながら、私はそんなことを堂々巡りで考えていた。冷え固まっていたからだからはいつの間にか汗が滲んで温まっていた。


 ウォーミングアップとストレッチを終えると、いよいよセンコーから本日の練習メニューを告げられる。


「きょうはまず全員30分走! それからは各自考えてやれ!」


 うっわ地味にしんどいのきた。


 長距離走メニューのうち中島スポーツ公園でやるものは木々に囲まれテニスコートもあり、センコーの目が届きにくい広い敷地の公園外周を60分走るものと、見通し最高の400メートルトラックを陽光に照らされ30分ぐるぐる走るものが主。


「おっしゃ気合い入れてやっぞ!」


 翔馬の鼓舞に「うおおおっ!!」と威勢良く応えたのは武道だけ。私も含む他は脱力気味に「お~」と言った。武道は告白を目前にハイになっているからではなく、いつもこんな感じ。他の部員も。元々大きな声で喋らない子もいる。


 部外の女子には大人気の翔馬。まぁ、練習は誰より真面目にやっているし、箱根駅伝の選手になって茅ヶ崎の海岸線を走りたいっていう夢もあって、確かにかっこいいとは思う。ただ私たち陸上競技部員が惚れていないだけの話だ。


 走り始める前に靴をスパイクに履き替えドリンクを飲んでおく。いつも思うけど芝とトラックを隔てる生垣の前に荷物をまとめて置いておき、顧問がその場を離れて部員の指導に当たるのは不用心過ぎて物凄く不安。所持金は三千円少々。未成年だからクレジットカードは契約していないし、キャッシュカードは家に置いてきた。それでも交通系ICカードやスマホは入っている。


 30分走はユニフォームではなくジャージやウィンドブレイカーを着たままでも可。貴重品はジャージのポケットに入れておこう。


 いつもの不安とイレギュラーなドキドキ感の中、30分走がスタートした。皆それぞれ自分のペースで走り、追い越すとき、追い越されるときは「ファイト―!」と元気に声を掛け合うのがお約束。土のトラックは気温上昇に伴い霜が溶けてぬかるみ、スパイクを履いていてもスリップしやすく走りにくい。練習が終わったら泥や砂利がねっとりびっしりこびり付いたスパイクを綺麗にしなきゃいけない。


「ファイットーッ!」


「ファイトー」


 2週半でさっそく翔馬に周回遅れにされた。その後すぐにまどかちゃんにも。


 朝陽を背で受け西へ直進。カーブを抜けたらわぁ眩しい。これを時間の限り繰り返す。


 脚が段々重たくなってきて、自ずとペースが落ちる。フォームが乱れ、全身の力を上手に分散できない。つくづく長距離は向いてないと実感している。


 帰りたい。ラーメン食べたい。


 部活中は汗で塩分が排出されるから、よくラーメンが食べたくなる。しょうゆ、みそ、塩、家系、次郎系……。あぁ、想像しただけで唾液が大量分泌。


「ファイトーオオオ!!」


「おおファイトおっ!」


 ラーメンを想像していたら、不意に追い抜いてきた武道。びっくり&ときめきでドキッとして素っ頓狂な声を出してしまった。


 私、この人に抱かれるのかな……。


 追い越して行った彼の背中を目で追う。引き離されてどんどん小さくなってゆくけれど、遠目に見てもがっしりしている。


 あぁ、本当にどうしよう。青春の始まりって、突然なんだなぁ。


「おらあああ!! ラスト5分もっと本気出して走れやゴルアアア!! 俺が学生のころは芝に吐いてたんだぞ!!」


 告白の返事を考えながら走っていたらもうラスト5分。トラックのほぼ東端にあるスタート地点にちょうど差し掛かった私はセンコーに煽られた。うるさいわホント。吐け言うなら5分後顔面にぶちまけたろか?


 挑発に乗ってあげようと思ったけど結局込み上げてきたのは食べたものではなくときめきで、当然ジョグによる心拍数上昇もあり、いつもより多めに水分補給をした。


 残りのメニューとクールダウン、ストレッチを終え9時半。本日の部活は終了。センコーと部員たちは荷物を持って順次引き上げ、私と武道、そして離れたところにこれから二人でランチの約束をしているまどかちゃんが残った。


 ぽかぽか陽気に吹き抜ける冷たい風が吹き抜ける芝生の上で向き合う二人。


 とうとうこのときが、やってきた。

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