第3話 作戦開始!

 今夜俺たちがまずやらねばならないのは入り口の細工だ。舞台は神田の部屋、高校生二人が寝るには十分な広さのベッドに、机、本棚、クローゼット、そして何と言っても一番の特徴が壁一面を埋め尽くす大きな窓。月明りと町の静けさを一望するベストスポットだ。この窓には「高さ」がある。人二人分ぐらいは入る高さ、横幅はほどほどで、デザインとしては極端に縦長のオーダーメイドインテリアという感じだ。この窓が6つ横に並んでいて、別々のカギがついている。デザインのこだわりとは対照的に厳重なセキュリティだ。この窓の内のを開けておく。ここを「入り口」にすることに決めた。バクは必ずカギの開いた窓を通る。


 窓から見て正面、ちょうど本棚にあたるところにスマートフォンのカメラを仕込む。これでバクを捉える準備はできた。


新里「こんな方法でいいんだろうか。」


部屋の中心に胡坐をかいて新里がぼやく。

神田はドアの内カギを閉めた。


新里「バクが毎晩夢を食いに来るならセキュリティを通り抜ける手段ぐらい持ち合わせていないとおかしい。鍵の開いてるか否かはどうでもいいんじゃないか?」


神田「お前ピッキングってしたことあるか?鍵ってよ、微妙な構造の違いが何通りとあるだろ。絶対にこうしたら開くっていう攻略法がないんだ。だからプロの泥棒でもピッキングの技術を身に着けるのには10余年の年月をかける。つまり、しないで済むなら誰だってカギの開いたところを狙うんだ。」


新里「つまりバクはピッキングして入ってくるんだな、馬鹿野郎。」


神田「おいおい、モノの例えだって。まあ何かしら突破する手段があったとして、楽に突破できるルートでおびき寄せるってことだ。」


新里は指を一本立てる。


新里「疑問はもう一つ。」


神田「おう。」


新里「目撃情報のない伝説に過ぎないってこと。つまりだ、まあ仮に「いた」として話を進めるのなら、目撃情報がないってのは目に見えないからなんじゃないかってことだ。」


神田「目に見えないって透明だってことか?クラゲみたいに。」


新里「クラゲってちょっとは見えるじゃないか。もっと純透明で、それで限りなく軽いんだ。そんなわけだから、人は就寝中に違和感を感じることなくバクに夢を食われるってわけ。」


神田「それはもう幽霊か何かじゃないか。」


新里「実体はないようである。しかし限りなくないんだ。」


神田「妄想だなそこまで行くと。俺たちが追っているのはバクで、動物だ。もし夢を食っているのがそんな実体のない何かだとしたらそれは……」



ガチャ


ガチャガチャガチャ


コンコン、コンコン



「昌ー!開けなさい!」


神田のお母さんだ。


母「新里君がせっかく泊っていくんだもの。何もお構いできなくて本当にごめんなさいね。これ、せめてお茶とお菓子食べて頂戴。」


新里「いえいえ、とんでもないです。突然お邪魔してしまって本当にご迷惑おかけします。今度、お礼の品を持って伺います。」



バタン



神田「なあ、そういえば昼間図書館でなんの調べ物をしていたんだ?」


新里「ああ。バクについて資料が欲しくてね。知ってるか?バクってのはアフリカやサバンナのイメージが強いが夢食いの伝説は中国発祥だそうだ。ばくという漢字を用いるとカタカナのバクではなく、伝説の生物の方のみを指すんだ。獏は人の夢を食って生き、悪夢を見た後に『この夢を獏に上げます』と唱えると二度と悪夢を見なくて済むんだそうだ。」


神田「なんだ、イイもんじゃん。」


新里「ギブアンドテイクってとこだな。」


 会話もほどほどに、眠気で瞼がトロンと落ちる。時刻は23時を回った。俺たちは大きなベッドで横たわり、漫画などを読んだりしていると、次第に眠りへと落ちていった。


夜が来る。町は深い深い闇に包まれる。ビルの電灯も息をひそめて街を小さな月光が包み込むと、1000年前と変わらぬ夜が訪れる。西洋の羊飼いは夜更けに星の明かりを頼りに村へと帰った。よもや天文学の誕生に寄与したとも知らずに。尤も、薄汚れてしまった空には、あの頃の星は見ることができないけれど。


意識の境目を行ったり来たり、漂っている。脳が眠ってしまう前に、なんといったかあの言葉。そうだ、確かこうだった。


「この夢を獏に上げます」


つぶやいて深い眠りについたのだ。

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