器の大きな黒猫

@polar-bear

器の大きな黒猫

その日は、いつもの帰り道だった。


肌寒くなって、日暮れが早くなり、辺りはすっかり暗かった。ただ、時間で考えればいつも通り。


そんな中、僕は片手で自転車をこいで、もう片方の手に「はぁー」と息を当てていた。手を変えてもう一度。しばらくして、また変えて……と、繰り返していた。


突然だ。道の端から黒いものがぬるりと姿をあらわす。僕は「わっ」と声を上げてブレーキを掛け、キーッとなんとか止めることができた。


黒いものは猫だった。黒い猫の黒猫だ。目は綺麗な黄金色をしている。


そいつはじっと僕を見たまま、自転車の前から動かない。


ふと、僕は思い出す。


『黒猫に前を横切られると、不幸が起こる』


これはいけないと、僕は急いで猫の横(でてきた方と逆の方)にハンドルを向け、ペダルをこぎ始める。


「ふー」とほっとしていると、「にゃー」と背後から猫の声。振り返れば、何事もなく進行方向へ歩き始める猫がいた。


「はて、黒猫も気を使うのかな……?」


もしかしたら、黒猫は僕が不幸にならないように、あえて通るのを待ってくれたのかもしれない。


だとしたら、不幸の予兆として扱われているのに、随分と器の大きなことである。


そうなると、ああして急いで、通っていった自分が恥ずかしい。むしろ、あそこで「いえいえ、お先にどうぞ」と言える気概が欲しいものだ。


白い息を吐きながら見上げる夜空には、黄金色の月が、ふわりと浮かんでいた。

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