墓守と硝子の海。

プロローグ。


硝子ガラスというのは、液体らしい」


 クロエがいきなり素っ頓狂なことを言い出した。

 煌々と輝く焚き火に照らされた狩猟の女神の横顔は赤く、瞳はとろんと落ちている。

 クロエの右手にはグラスが収まっていた。丸いグラスに入った蒸留酒から立ち込める酒気は、柑橘の香りをはらんでいた。

 指先が凍てつくほどの寒さでも実る冬蜜柑の香り。ここまでの道中でたまたま見つけたものだ。

 冬蜜柑は寒さから種を守るために果肉を凍らせないよう、身のなかにウンとたくさんの砂糖を作る。普通の水よりも砂糖水のほうが凍りにくいことを、冬蜜柑は知っているのだ。

 だからとてもとても甘く、香りも豊かで、蒸留酒に絞ると華やかな風味になる。


「硝子は硬いよ」

「そう、硝子は硬い。けれど鉄色の黄金時代レストピアの学者たちはこぞって、硝子は液体なんだって言ってたよ」


 燻製豆をぽりっと噛み砕く。

 それに応えるように焚き火が爆ぜた。

 火の粉が妖精みたいに舞い上がった。


「じぃっと見て、ルチアーノ。硝子を、じぃっと」


 クロエが僕の前にグラスを掲げた。

 その中には冬蜜柑の果肉と、それを纏う蒸留酒が揺蕩っている。


「硝子はゆっくりと、ゆっくりと波打っているんだ。嵐の夜よりも長く、独りの朝よりも静かに、ゆったりとした速さで。それはそれは紛うことなく、液体のように」

「でも、硝子は硬いよ……」

「目に見えるものが全てじゃないように、目に見えているものが正しいかどうかはわからない。硬いものが硝子とは限らないのさ、硬くなければ水ということでもないように」

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