第二話。はなむけに葡萄の葉。
「神の白地図はまだ余っているのかい?」
クロエテオトルは、ベッドに座ってぼくの荷造りを眺めて言った。葡萄踏み娘の姿から変わって、袖の無い真っ白なワンピースを着ていた。首もとや腕には金や銀の装飾品をあつらえて、長い黒髪も金色の髪飾りを使って後ろの方でひとつにまとめている。
細い腰の位置で革編みのベルトを引き絞って、ゆったりとした格好ながらもやはり狩猟の女神らしく、俊敏に動くためには気を使ってるみたいだ。少し肌寒そうだけれど、本人は気にしていないみたい。
ぼくがせっせと荷物を詰めるのは、父さんと母さんから貰った大きな革張りの旅行カバン。
革の継ぎ方はヴィンスじいさんから習った。革の手入れ用の
四角い鞄に少しばかりの着替えと少しばかりの荷物を詰める。
地図を描くための道具や、旅に取り急ぎ必要になるものは、肩に下げるカバンに入れた。
クロエが言った『神の白地図』というのは、ぼくら地図描きの民が使命を授かるときに主神エリツォトリから頂いた白地図のことだ。
サンタマリアの人間が持ち、サンタマリアの目で大地を見渡すことで、この白地図が埋まっていく。神のちからの賜物。
それほど強力なものだから、地図描きの民が持ったときしか効力を発揮しないという制限がある。他の誰かが持っても、それはただの羊皮紙を束ねただけの薄汚れた本だ。
「世界地図をたくさんの倍率で描いても埋まらないほどあるよ」
代々受け継がれし神の白地図。
ぼくが持っている地図は、だいぶ完成に近いものだ。東も、西も、南も。かなりの部分が埋まっている。
ただ、この村の北にある首都ウィルズが最後となり、それよりもさらに北……世界の中心、またの名を『最果て』にかけての道は真っ白だった。
「巨像はどうしてこの世界を壊したんだろう?」
「それはわたしにもわからないよ」
クロエは遂にベッドに突っ伏していた。枕元の本をぺらぺらめくりつつ、ぼくの荷造りを相変わらず眺めている。
「なんか、随分くつろいでいるし……しかもぼくもなんだかそれでしっくり来ちゃうんだけど、昔に会ったことあったっけ?」
「覚えてることが全てじゃないという教訓だね」
と、クロエはベッドボードにあった乾燥豆を拾い上げては口の中に放り込む。
柔らかそうな褐色のほっぺたの中から、ポリ、とくぐもった音がした。
「本当かなあ……」
「まあべったり一緒にいたわけではないし、きみも今より小さかったから」
「父さんと母さんも、クロエと一緒に旅をしていたの?」
「いや、きみの親にはウィツィポロという獅子の神がついてたよ」
「ウィツィポロ? ウィツィポロって、父さんと母さんが飼ってた猫の名前だよ」
「あはは、ウィツィポロはそう言われていることに気付いてたのかな。いつか出会したら聞いてみよう」
父さんと母さんはぼくがお腹にいると分かったから、この村に腰を下ろした。
ぼくが七つになった頃に父さんはタビモライという病気で死んで、その一年後には母さんも同じ病気で死んだ。
生きているときに、たくさんの話をしてくれた。
サンタマリアの使命に則って旅をした話だとか、その旅で一緒になったウィツィポロという名前の猫の話だとか。
「神さまだったのかあ」
「きみに猫と伝えたのは、何か理由があるのかもね」
「理由?」
「ふふ、知らないけれど」
「うーん……とらえどころがないというか……」
よし。最後の荷物を詰めた。
出発の準備は整った。
「ね、ルチアーノ」
相変わらず微笑んだままだけれど、クロエは姿勢を正していた。
乾燥豆も食べ飽きたみたいで、缶にフタを閉めていた。ベッドに腰を下ろして、凛としたその雰囲気にぼくも自然に背筋を張ってしまう。
「きみのご両親は、タビモライで死んだ」
「うん」
「……覚悟はあるのかい」
奇病『タビモライ』。
あの伝説の巨像が現れた後、その流行り病は訪れた。
旅をする者が貰う奇病。それがタビモライというものだった。
罹患すると、内臓がどんどん蝕まれていく。砂のようにざらざらとして、機能しなくなっていく。
とてつもない苦痛の果てに、最後は死ぬ。父さんも母さんも、元気なふりをしていたけれど、それでも苦しさは伝わってきた。
奇病『タビモライ』。たぶん……いや必ずと言っていい、ぼくはそれに罹るだろう。父さんと母さんの話、そして風の噂を聞いて推測するに、タビモライは生まれ育った土地から離れれば離れるほど、発症の可能性は膨らんで行く。
父さんと母さんが出発した場所からこの村までは、奇しくもこの村から『最果て』までと同じくらい離れていた。
それが意味することは、つまり。
けれど、そうだとしても。
「地図を完成させたいんだ」
「偉いね……とは言わないよ」
「後悔はしないよ」
「いや、きみは後悔するよ」
クロエの表情は変わらない。
風のように涼しくも情熱的な顔立ち。目を伏せて微笑み続ける狩猟の女神。
「けれどね、ルチアーノ。後悔しない人生なんて無いさ」
「……」
「さ、行こう、未練に追いつかれる前に」
「クロエ……」
きざっぽい台詞をすらりと言ってみせて、クロエはベッドから立ち上がる。
さあ、と伸ばされた手を取って、ぼくもクロエに並んだ。
少しだけクロエのほうが背が高い。ぼくの目線は、クロエの唇くらいだった。
後悔しない人生なんてないと、少しかなしげなことを言った、淡い桃色の唇。
大きな旅行カバンと、
おんぼろで今にも崩れそうだけれど、たくさんの思い出が詰まった家。リビングには黒ずんだ節目がある一枚板のテーブル。キッチンには、父さんが作ったというカウンターと、使わなくなった牛乳缶。足元には、ヴィンス爺さんの奥さんが編んでくれた臙脂色の絨毯。
リビングとキッチンにある柱には、いくつもの傷がある。その傷の横には日付と名前。
ぼくの身長だ。上を見上げると母さんの身長、そしてさらにその上に父さんの身長。手を伸ばしてその傷を撫でると、何故か苦笑してしまった。
「ルチアーノ、測ってあげようか」
「え」
クロエが腰に下げていたナイフを取って、柱を指差す。
「……うん。お願い」
こっくり頷いたクロエが、ぼくのおでこに手を当てた。髮を押さえて、頭の高さで柱を引っ掻く。
ウン、という合図で柱から離れて振り返る。
「ああ……間に合わなかった」
母さんの身長に、残念ながら一歩及んでいない。
「焦ることはないさ。きみは今からびっくりするほど大きくなるんだから」
「そうだと良いけど」
新しく出来た傷と、そして母さんの傷、父さんの傷を撫でて、カバンを背負い直す。リビングを見渡して、キッチンを見渡して、大きく大きく息を吸い込んだ。
いろんな匂いがした。八年前に食べた、母さんのアップルパイの香りが蘇ったような気がした。父さんがよく飲んでいたコーヒーの香りがする気がした。小さな臼で豆を砕いた途端にふわりと広がるあの匂い。もう十年も前になるのに、まだこの壁に、この机に、残っている気がした。
母さんがよく焼いていたパンも、父さんがよく焼いたお肉も、くたびれたソファで読んでくれた絵本や旅の思い出話も、こんなに鮮明に思い出すことは無かったのに。
「もう出ようか、クロエ」
「良いのかい」
「これ以上ここにいると、泣いちゃう」
キッチンを通り過ぎて、三段だけの階段を降りてドアを開ける。ぎぃぃ、と聞き慣れた音も、もう聞くことはない。
ぼくが出て行った後、この家がどうなるかはわからない。ただ、鍵は酒屋の親父さんに渡そうと思ってる。
「鍵閉めるの、これで最後だ」
なぜか、自然と言葉がこぼれた。
クロエに聞こえたのかどうかはわからないけれど、なにも言わなかった。
北側にある墓地まで行く。父さんと母さんのお墓に今年の葡萄を一房お供えしなくちゃ。街は静かで、墓地もやっぱり静かだ。
夕陽がとっぷりと沈んだ村の墓地は薄暗くって、秋風に揺れるランタンの灯りだけが頼りだった。先の方から赤く染まり始めた木々。その枝先から葉っぱがはらりと落ちて、湿った土に着地する。木の枝にかけられている折りたたみの椅子は、ヴィンスじいさんのものだ。
奥さんが亡くなって随分経つけれど、このベンチに座って毎日お話ししている。この墓地は、村のみんなが訪れる場所だった。泣くだけじゃない。笑ったり、ひとと話したり。色んな人が来て色んな人が去る。
この墓地もまた、誰かにとっては旅の果てのひとつなのかもしれない。
けれど、今晩はぼくらを除いて誰もいなかった。毎年収穫祭の晩にはぽつりぽつりとひとが来ているのだけど、今日はいなかった。まあ、こんな日もあるさ。
隣のクロエは優しい顔でお墓を見ている。こういう表情を見ると、ぼくよりずっと大人なんだなと思えた。
そうだった、クロエも父さんと母さんに会ったことがあるんだ。
「ひとは不思議だよね」
「え?」
「どうしてもういない人のために、立派な居場所をつくるんだろう?」
「変かな」
「変じゃないよ。尊いだけ」
この墓地は、たくさんのひとの居場所だ。
生きてる人も、死んでしまった人も。たくさんのひとがここに来る。
「……行こうか、クロエ」
「うん、そうだね」
「酒屋の親父さんに、鍵を渡さなくちゃ。思ったより遅くなっちゃった」
墓地を出て、南に下る。
なんだか心なし、村が静かな気がする。収穫祭の後だから、酒場に集まってみんなで飲んでいるんだろうか。
「ルチアーノ、ひとつ持とうか?」
「あ、大丈夫。ありがとう。……ね、クロエはタビモライに罹らないの?」
「うん。神さまだから」
「どうしてぼくについて来てくれるの?」
「わたし達にも目的はあるよ」
「目的?」
「そう、目的」
「それってなに?」
「ふふ、まだ秘密」
「えー」
ぼこぼこでぼろぼろの石畳を、ランタンの光が照らしていた。
ぼくとクロエの影が方々に伸びている。
「酒屋の親父さんとは、長い付き合いなのかい?」
「うん。ずっと世話してくれたんだ」
「それならちゃんとサヨナラを言わなくちゃね」
「うん、そうだね。……そうだよね」
サヨナラを、言わなくちゃ。
「本当は、みんなに言いたいんだけど」
「だけど?」
「みんなの顔を見ると、足が引っ込みそうだから。親父さんと、奥様だけ」
「大丈夫だよ」
「え?」
「きみなら大丈夫な気がする」
確信したような顔で微笑んでいる。
神さまってみんなこういう風に変なのかなと思いながら歩いていると、酒屋が見えてきた。
「あれ?」
馬車が来てないな。
酒屋の前のちょっとした広場を貸してもらって、そこに来るよう手配したはずなんだけど。
その広場では、馬車の代わりに親父さんがビークルに何かを積んでいる……
「おう、ルチアーノ。もう行くのか」
「え、どうしたんですか、親父さん。ビークルになに積んでるんです? 手伝いましょうか?」
「ああ、これな。お前にやるよ。ビークルごとな」
「え!?」
「つってもボロボロだからな、首都についたら売っ払え。必ずだ。もったいないなんて言うんじゃねえぞ。お前さんも新車を買うって言ってたから余計なお世話かもしんねーが、パーツにバラしてでも売った金で、美味いもんをたんと食え」
「そ、そんな……」
「俺もそろそろ新しいの買おうかなと思ってたんだ、気にするな。都合つけて廃車にしたいだけだよ」
「い、いや、」
「ルチアーノ」
親父さんはガッシとぼくの頭を掴んで、乱暴に撫で回した。
ルチアーノ、そしてまたルチアーノ、と二回ぼくの名前を呼んで、今度はぼくを……ぼくを力強く抱きしめた……
「ルチアーノ……元気でやれよ、ルチアーノ……ルチアーノォ……お前、お前がんばるからなぁ……一生懸命、がんばるからなぁ……無理だけはすんなよ、風邪ひく前に休めよ。寒くなる前に、暖かい服買えよ、ウンと綿が詰まったやつをな。飯はたんと食え、なにがあっても飯だけは食え。金が無くなったら手紙出せ、いつでも帰ってきていいからな、俺が、俺が面倒みてやるから……オォ、オォォ、なんでこんな、畜生、サンタマリアの使命なんざ、畜生……」
「お、親父さん」
「ルチアーノ!」
親父さんの肩の向こうから、またぼくを呼ぶ声がした。
みんなだ。
酒屋の奥様も、ヴィンスじいさんも、守衛の人たちも、酒場のみんなも、傭兵団の人たちまで。
村が静かだと思ったら、みんな、こんなところに……
「ルチアーノ、みんなお前が好きなんだ……」
ぼくをゆっくりと離した親父さんの顔は、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっていた。
親父さんを押しのけた奥様は、布で包んだ弁当箱をくれた。
「今晩はこれを食べなさい。首都まで六日。干し肉と豆を荷台に積んであるから、そこのお姉さんとお食べ」
「あとはこれもな、ルチアーノ」
神父様がくれたのは、ほんの小さな樽と、葡萄の葉。
「葉はもう茹でてある。樽にはパテが入っているから、包んで食べなさい。この
「ルチアーノ」
ヴィンスじいさんが、四角い木箱をくれた。
この箱、まさか……
「靴だ。おれがお前さんに渡せる、最後の靴だ」
「ヴィ、ヴィンスさん……」
「履き潰せ。そしてまた新しい靴を履け。きっとおまえは、世界の果てにだって辿りつく。達者でな、ルチアーノ」
二度、頭を優しく撫でてくれて、ヴィンスさんは傭兵団のみんなと入れ替わった。
リーダーのオーウェンさんが膝をついて、ぼくの肩を叩いた。
「間に合って良かったぜ、ルチアーノ」
「オーウェン団長、この日のために三日も徹夜して仕事終わらせたんだぜ」
「うるせえ黙ってろ、ロイ!」
傭兵団のロイさんがわざとらしく肩を上げて、みんなが豪快に笑った。
「これを持て、ルチアーノ」
渡されたのは、上等な銀の鞘に収まった一振りの短剣。
鞘の真ん中にはオーウェン傭兵団の紋章が入っている。ジョッキを呷る巨人の紋章は、この一帯では一目置かれている。
「何かあったらこいつで戦え。俺たちの稽古を耐えたんだ、その辺のけものくらいはどうってことない。親父さんじゃあねえが、売って金にしても良い。がんばれよ、ルチアーノ!」
ぎゅ、と力強いハグをくれた。
すぐに弾けるように背を向けて、すたすたと歩いて行く。傭兵団のみんなにからかわれる団長の怒鳴り声が、少し震えているような気がした。
次は、いつも飲んだくれてる酒場のみんな。昼間に聖歌隊をやっていた人も混ざっている。
わらわらと集まって、握手をして、ぼくの背中を叩いた。
酒場のマスターが、ビークルの荷台を指差した。
「葡萄酒をたくさん積んだ。寂しいときは飲むと良い」
「悲しいときもな」
「嬉しいときに飲むのが一番美味い」
守衛の人たちは、制服のままで一列に並んで、敬礼をくれる。
「首都の関所に知り合いがいる。手紙を出しておいたから、すぐに通してくれるはずだ」
「あ、ありがとうございます……」
「……偉大なる地図描きの民、ルチアーノ=サンタマリアに敬礼!」
「なにが偉大だ、このやろう、巨像の連中ぶっ殺してやる!」
親父さんがぐずぐずの声で吠えている。
その隣には、苦笑する奥様。オーウェンさんたちもわんわん泣きながら、親父さんの後に続いていた。
「……親父さん」
「なんだ、ルゥチアーノォ!」
「これ、ぼくの家の鍵です」
「おう、おう……」
「今まで、ありがとうございました」
父さんが死んで、次に母さんが死んで……一番最初に抱きしめてくれたのは、酒屋の親父さんだった。母さんのベッドから離れようとしないぼくをずっと待ってくれていたのは、親父さんだった。
次の日にもご飯を食べさせてくれた。泣いてる間、黙って隣にいてくれた。
一緒に住もうと言ってくれたし、それを断ったのに家事を教えてくれた。
落ち着いたら働かせてくれた。何度も家に呼んでくれて、一緒に晩ご飯を食べた。
何度も頑張れって言ってくれた。いつだってそばにいてくれた。地図を完成させたいと言ったら頭を撫でてくれた。お前の選択は、お前にとって一番正しい……と、父さんと母さんと同じことを言ってくれた。
「ぼく、がんばるから……地図を完成させますから……絶対に、やり遂げてみせます。みんなが、みんながぁ! ごのぜがいを、あ、あ、あるげるように、じでみぜまずがらぁ! 今っ今までっ! ありがどうございまじだぁ!」
半狂乱のままで半狂乱のみんなを掻き分けて、ビークルに飛び乗った。
親父さんのたばこの匂いがする運転席。助手席に乗ったクロエが運転しようかと尋ねたけれど、ぼくは自分でハンドルを握った。
ブレーキを踏んで、鍵を回して、エンジンをかける。
ビークルの頭が村の門に向けられていたことに気がついた。いつも酒を運ぶのと逆の方向だ。
「
わぁーっと追いかけてくるみんなの声の中でも、クロエの言葉はよく通った。
やがて車内に広がるアルルカンの香り。はなむけの葡萄の葉。
全く、涙が止まらない!
「どうしてみんないるんだよお……」
「ふふ、でもほら、きみはそれでもアクセルを踏むんだろ?」
ビークルのアクセルを踏み込んで、ぼくは故郷に別れを告げた。
なにがなんでも出発だ。
いざ、
「行ってきます!」
さようなら。
また、会う日まで。
とっぷりと宵闇に満ちる草原に、今にも朽ち果てそうな四輪ビークルと一張りのテントがひっそりとたたずんでいる。
水はけの油を塗った帆布は月の明かりに照らされて、青い草の海原にぼんやりと浮かんでいた。
旅立ちの高揚も暮れ、別れのつらさが募る頃、ルチアーノ=サンタマリアは導かれるように深い眠りについた。
すやと寝息を立てる少年の傍らで、狩猟の女神クロエテオトルは焚かれる火を見つめている。
片膝を抱えて目を伏せるその姿は、まさに絵画から切り取られたような、ぞっとする美しさを湛えていた。
「地図は完成するだろう。この子のちからで、きっと」
クロエテオトルは、爆ぜる薪に向かって呟いた。
「地図描きとしてもっとも必要とされる能力が、間違いなくこの子には宿っている」
焚き火が映り込み煌々と輝く瞳がふと、茂みの中へと向けられた。
「きみたちもそれを気取(けど)ったから、慌ててここまで来たんだろう、巨像のかけらたち」
クロエが、けもののように鋭い眼光を放つ。
月明かりと焚き火だけを頼りにして、茂みに隠れる何者かをしかと射貫いていた。
「けれど残念、一足遅かったね。ルチアーノ=サンタマリアにはこのクロエテオトルがついている。きみたちの手に落ちることはないよ」
茂みの中からの返事はない。
しかしクロエの目はそこから離れることはなかった。
「巨像のかけらたちよ、あるじの元へ帰るがいい。今度のサンタマリアの同行者は狩猟の神だ。来るならば相応の覚悟を持てと伝えろ」
あくまでも涼しい顔で放たれる、殺気を帯びた声色。
茂みの中の者たちは、すごすごとその場を離れたようだった。
茂みの中から気配が消える。
クロエテオトルは、安心しきった顔で寝息を立てるルチアーノの頭をそうっと撫でて、少しだけため息を漏らした。
「わたしも精一杯頑張るから。よろしくね、ルチアーノ」
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