第35話 同心たちの落胆
三十五 落胆
通された新当組一行の目を真っ先に捉えたのは、畳を重ねた上にのせられたいくつかの荷と、その周りをしかめっ面でとりまく六人ばかりの武士だった。荷は布袋に入れられたままであり、ここからは高価かどうか判断がつかない。だから、ものものしい警護がどうにも滑稽に感じられる。
背の高い低いはともかく、警護隊はいずれもたくましい壮漢ぞろいだった。誰もが太い首をし、腕も指も節くれ立っている。彼らはひとまず、鋭い目つきで宮部らに礼をした。のこりは建物の裏手で見張りに当たっているそうだった。
新番組の挨拶が終わると、右端にいる四十ぐらいの男が丁重な口調で話しはじめた。内容は、折角の協力の申し出にも関わらず、すぐ応じなかったことを詫びるものだった。
「任務のためとご理解いただきたく」思っているという。
(案じていたほど馬鹿面ではなかったな)宮部は男の顔を遠慮なく見た。
鼻筋が通って精悍な、美男といえる顔立ちだった。
(ふーん)容姿への嫉妬心を割り引いても話の中身は空疎だった。おまけに旅装も解かない体格のいい男たちが、生真面目に畳の上の荷物を取り囲む姿は、
(なんか下らねえ。気づかないのは本人たちだけか)
「ただし」馬場は急に声を張り上げた。宮部の悪意に勘づいたのかもしれない。
「これ以上のお気遣いはご無用。ご多忙であろう。平常の任務に戻られよ」
つまり新当組の警護は無用ということであった。
なんだ、それが言いたかったのか。
宮部がすかさず「お気持ちごもっともであるが、われらも役目の筋にて」うんぬんと言い返した。地元役人として、襲撃を受けるおそれのある他国の役人をただ黙って通らせるわけには行かないのはお互い様のはずだ。
「それなら話はたやすい。われわれと心をひとつにして、荷をお守りあれ」
すると馬場は隣の男に命じ、ふた束の紙を差し出させた。宿から隣国への国境に至るまでの地図だった。一枚の地図の上には太い線によって、行路が書き加えてあった。二枚目にも前とは違った行路が書かれているが、こちらは途中間道に入ったり小さな山を越えたり、一枚目よりもかなり複雑だった。
「これは」
「一枚目がわれらのたどる道。次のが貴殿ら。当地のお役人であるからには、それで一目瞭然でありましょう。いちどきに二つの道を使い分けることによって、襲撃の危険は半減できる」
秘密の保持を理由に、地図は直前にお渡しすると馬場は紙束を回収してしまった。そしてもったいぶった口調をして、そちらのお頭は了承済みのはずだが、できるなら新当組一行も馬に空荷を乗せ、なるべく賑やかに国境を目指して相手をひきつけてほしいと言い、申しわけ程度に軽く頭を下げた。「よろしくお頼み申す」
与力ふたりはともかく、自分たちがおとりを命ぜられたと知った若い同心たちの表情から、一挙に力が抜けた。
「に、にぎやかにですか」一宮が言った。
「なんなら御用の札を掲げて下さっても構いませぬ。それより大事なのは、決してわれら一行に近づかぬこと。二組あるのがばれれば、元も子もありませんからな」
「そちらがおとりに見られるってのもありますな」宮部が言うと、
「それは、阿呆でなければわかるはず。失礼ながらここに集われた方々からは、武芸を五体に叩き込んだ迫力が感じられませぬからな」
本性をあらわした馬場の失礼な態度に、宮部のひたいがぴくぴく動いた。
「決めるのは、そちらではない。この国の役人である我々だ」
六人はそれには答えず、それぞれに笑った。調子にのったらしい副隊長の向井が、
「新当組とはまことに由々しきお名前、そのうえお集まりの方々は多士多彩な顔ぶれ。これは盗賊づれでなくとも、目を引くでありましょう。馬追い唄までは要りませぬぞ。あっさり偽物と知れては元も子もないゆえ」
今度は六人で声を合わせて笑った。
ぎりり、と宮部が歯を食いしばる音をたてた。
しかし、一宮の威勢はあがらなかった。彼が思うに、確かに新当組は迫力にかける。しかめ面の中年に女と見まがうような優男、のっぽにちびの構成では、馬場一行とは格の違う気がする。
「では。これにて。いろいろ勝手を申したが、我らの任務が非常のものであるとご理解いただきたい」
馬場の宣言を聞き終えた宮部の顔が、赤黒くゆがんだ。彼が立ち上がろうとした瞬間、
「仔細合い分かった。その上でお尋ねしたいが」古田親兵衛が声をかけた。
直前まで表情に変化のなかった彼が発した鋭い口調に、新当組の面々は驚いた。
「このたびの任務、その第一義とはなんでござろう」
「うん?」馬場が怪訝な顔をした。
「なによりも、この荷を無事とどけること」
「そうだな、とくに異論は無い」
「ならば風土をよく知る地元の役人をむかつかせず、うまく合力を得るのもまた大事」
「……」
「失礼ながら貴殿らのやりよう、かえって不首尾を願われているかに見えました」
「なに」「無礼な」六人から激しい声がかかった。
かまわず親兵衛は続けた。
「計画を隠そうとなさるのも、理解はできましょう。しかしいまの態度を見るにつけ、別の疑念が湧くのも避けられません。すなわち、貴殿らがおとりで別に本隊がいるのではありませぬか、もっと口の堅い」
今度は六人全員が立ち上がって口々に喚き出した。怒号はそのままに、ごめん、と新当組一行はそそくさと部屋を後にした。
「古田殿」出てすぐに宮部が声をかけた。
「昔あのような男を存じていましたのでな、つい。申し訳ありませぬ」親兵衛が謝ると宮部も謝った。「すまぬ。わしのために」
自分の爆発を防いだのだと、宮部はよく分かっていた。
宿の外は、かなり冷え込んでいた。
「けどな、伊藤様の決死のご様子に比べたら節句人形のような連中だったな。まあ。あとはなるようにしかならん」宮部はさっきの二枚の地図について言った。「ふたつとも道はほとんど並んでたし、途中にいくつか交差もしてる。時間を合わせて出立すりゃ、あっちの無事を確かめながら国境まで行けるな。伊藤様にお伝えしたうえで、粛々とおとり任務に励むとしよう。といっても荷馬と空荷はやめときたいな」
「そうですね」
「おい、島。お頭に先に戻りますとお伝えしてこい。それと伊藤様にあとでお話を聞きたいともな。なに、あいつらの口からはうそばっかりだろうから、まともなひとに出立の時刻を確かめておくんだ」
同心四人は、そろって情けない顔で宮部を見た。
「なんだ。貧乏くさい顔して」
「いや、実は」涌井が口を開いた。
宮部らに黙っていたが、先に宿の洗い場で護衛の一人の倉田という男と、従者である又市という男と言葉を交わしたという。怖い顔の割に倉田は口が軽かった。もちろんご承知だろうが、という調子で、彼らの任務が贅沢癖の治らない末息子に、ご母堂様が送る小遣いだと口走ったというのだ。おまけにさっき、新当組の任務がその小遣いを渡すおとりだと知り、一度は盛り上がった使命感が、あっという間にしぼんでしまった。
「そんな口の軽いのがいるようじゃ、どこで話がもれてるか分からんな。おい、お前たち、気合いを入れろよ」
宮部は気にする様子もなく、古田と仲良く連れ立って役宅に向かった。しかし同心たちは、しょんぼりと闇夜にたたずんでいた。
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