第34話  命をかけた使命

 三十四 使命


「わざわざあそこを選んだのは、なにか理由があるのか」と、宮部が馬鹿にしたような口調で言った。彼は一行が脇本陣に泊まることに疑問を隠さなかった。

「素直に一番格式の高い宿に泊ればいいじゃないか。目立たぬよう、などとぬかすなよ。港であれだけ駄々こねてりゃ、国中がお待ちかねだ。本陣が嫌ならどっかの寺に行きゃいい。くさるほどある」

「本陣より脇のほうが守りを固めやすいのではないでしょうか」真面目くさった顔で鵜飼が言った。

「やや小そうございますから」

 彼の顔をじっとみた宮部は、「もう、いい」と手をひらひらさせた。ちょうど襖をあけて親兵衛が入ってきた。とたんに嬉しそうな顔になった宮部が人懐っこく、

「あいつら、宿まできて会わない理由とはいったいなんです」と尋ねた。

「当初、一服したらすぐ宿を立ちたいと申されていたようです。例の馬場殿が」

「闇に紛れて賊を避けるというわけか。意外と小賢しい剣豪ですな」

「それが、町外れにある雲集寺に移るというのです。そこから明日、暗くなったら出発する。そしてわれわれには、この宿からのぼりをたてた空荷を運べと」

「つまり、おとりになれってことか」

「その通りです」親兵衛が言うと宮部は、ひいーともひゃーとも聞こえる奇声をあげた。


「伊藤様はご存知なかったらしく、そういう策もあるが言い様があまりに子供じみているとたしなめられました。それでしばらく言い合いになって、ようやく先ほど」

「そんなに一緒にきてほしくないならほっときゃいい。で、どうなりました」

「はじめの案に戻すそうです。ただし、われわれのおとりは、継続です。お頭もお受けになられました」

「こんどは旅芸人のまねごとか。まあいい。しかし手間のかかる男ですな。着いたら着いたで、どの部屋に入るかでもめやがったくせに」と貶す。

 先回りして一行を待っていた宮部が真っ先に面食らわされたのがそれだった。

 馬場ははじめ、警護と荷の格を主張して、宿で一番格式の高い部屋に荷物を入れ、その向いにある家老などの泊まる部屋に伊藤用人が入るよう要請した。しかし、部屋は護衛が全員入るには狭かった。結局は広間に畳を重ねさせ、その周囲を護衛が囲むことで落ち着いたのだった。

「ただ、まもなく打ち合わせはしてくれるそうです。それで宮部どのを」

「へえ、まるで殿様気取りだね」

「まさしくお墨付きをお持ちだそうですよ」

「それでか。馬鹿がよけいに馬鹿になる手札を渡しやがった。平伏いたさぬと、な」

 

 奥まった部屋では人払いののち、さっそく三浦と伊藤が旧交をあたためていた。

 ひとしきり家族の消息を交換し合ったところで一段と声を潜めて伊藤が話しはじめた。

「実は、出立が決まったあとに、気になる話がございました」

 それは、城近くに住み着いた老人の話だった。住まいは港近くの粗末な長屋で、十年は前からお城の裏門と港を行き来しつつ、ほうき売りや草履の修理など便利屋をしていたようである。

「実はこのところ、我が国でも秘かに人を選び、盗賊方を申し付けております」と伊藤は言った。しかし、弓と鉄砲方から選んだので取締に不慣れなうえ手荒く、ときどき誤認逮捕をやらかしていた。その連中が別件に絡んで監視を強化したところ、引っかかったのが誰も疑わなかったほうき売りだった。彼らは港と城を往復する挙動を怪しみ、有無を言わさず役所に連れ込んだという。

「御用船の動きを探っておったと、疑ったわけにござる。先般、船どろぼうが出ましてな」

 伊藤の国は大藩らしく、常時数艘の御用船が用意されている。特別な外装は施されていないが、見る者が見ればすぐ分かる。

 それに、お城の周りや御用船付近を年寄りが歩き回る姿は、すっかりなじみになっていただけに、彼を知るほとんどの人間は当初、盗賊方の眼鏡違いと思っていた。

 実際、軽い拷問にかけたがなにも出ず、いったんは家に帰らせた。


「それが、あきらめの悪い者がおったもので」と伊藤は言った。戻ったほうき売りを継続して見張らせていたところ、老人は外にも出ずに養生している風に見えた。それが突如姿を消してしまった。

 人数を出して監視していたのではないが消え方が唐突で、かえって不審に感じて老人の住まいを強襲すると、瓦版から絵地図、国の名物番付まで、ただの便利屋の老人とは思えぬ雑多な資料が山のように積んであった。

 また、遠国のだれかと手紙をやり取りした痕跡もあったという。なお老人自身の過去はわからなかったが、言葉から国者と思われていた。

 数日後、国境近くでうろうろしていた老人を見つけて捕縛し、さらに石を抱かせるなどしたところ、

「愚かにも責め殺してしまいおった」と、伊藤はうめいた。

 

 おかげで連絡相手の素性はついに判明しないままに終わった。

 また、老人は不自然な大金を胴巻に入れていたが出所は分からず、資料の意味を問い質すのもできなくなった。さらに伊藤は、この間に老人が相手に手紙を送ったのではないかと推理したが、それもわからずじまいとなった。捜査は行き詰まった。

 それでも伊藤は、出港直前だったにもかかわらず、

「かえって気になり、年寄りが溜め込んでいたものを急ぎ取り寄せてみました」

 資料というよりほとんど反故にしかみえない脈絡のない紙束。日付のあったものから推し量ると、集めはじめたのは老人が長屋に住みはじめたとされる十年ほど前に遡ると思われた。

 そして、はじめ取り調べにあたった連中は、あまりの脈絡のなさに肝心のものは破棄されたと思い込んでしまい、積まれた反故は適当に調べただけだった。

 だが伊藤は、紙の山に紛れ込んだばらばらの暦の中に、数種類の印を付けたものがあるのに気がついた。

「手が震えるとはこのことかと」伊藤は笑ってみせた。


 それは、伊藤はじめごく一部の人間にだけ理解できるものだった。遺漏はあれど、この十数年に藩が出した正規および非正規便の状況がつかみ取られていた。

 おそらく老人は身体が不自由だったがために素早い始末がかなわず、反故紙に混ぜたのではと伊藤は見ていた。

「まず疑ったのが、江戸表による間者のしわざ」

「ほほう」

 もう一度図書だから言うと念を押してから伊藤は明かした。実は十年ほど前まで、藩政に異様なほど食い込んでいたある商人がいた。

 当時の城代家老と親しく、他の執政たちにも贔屓にされていた。

「実は拙者はその頃、城代や先代様の側室とは上手く行っておりませんでした。あまりに融通が利かぬと言うことで」


 私欲のない伊藤の姿勢は、先代藩主にはかろうじて理解されていたものの、腹の中をすべて打ち明けてくれる状態ではなかった。「殿や腹心たちがお忍びでその商人に会う折など、必ず拙者を遠ざけたので、そうかと分かる具合でございました」

 おそらく、表沙汰にできない頼みごとをしているのだろうと想像がついたが、孤立を強めていた伊藤には、どうしようもなかった。

「ですが」伊藤は言った。「さる方もまた、その商人に不審を抱かれた。そして内々に拙者と楠木に対し、裏を調べるよう密かに命じられた」

 楠木というのは現在家老職を務める人物のはずだった。商人が内部の誰に繋がっているかが読めず、調べに少し時間はかかったが、

「確たる証拠はつかめなかったものの、疑うべき動きありとの結果が出ました」

 

 現職の藩中枢に忌避されていた伊藤だったが、隠密探索組などとはまだ古くからのつながりを保持していた。「さる方」の口添えもあって彼らに調査させたところ、商人は複数の他国人と恒常的に連絡を取り合っている疑いが濃厚になった。

 相手の正体までは特定できなかったが、少なくとも付き合いを公表できない人種なのは明らかだった。


 藩中枢に容易に接触できる人物が、後ろ暗いつながりを有している。

 驚いた伊藤が「さる方」に報告して間も無いある日、商人は謎の死を遂げた。

 そしてその夜のうちに、稼いだ富のわりにはつつましい造りだった商人の邸宅は、どこからともなく出火した。

 怪しい事に、家はほとんど延焼することなくきれいに焼け落ち、証拠となりそうな物はすべて死の翌日には灰となった。商人は、過去はともかくその当時には妻子もなく、住み込みの使用人なども無事だった。彼だけがこの世から消えてしまった。

 さる方は「あの者は江戸表の隠密だったかも知れぬ」と感想を語り、時機を得てから密かに関係者の処分を行ったと伊藤は説明した。

 「さる方」とは、いうまでもなく現藩主なのだろうな、と図書は考えていた。若年のうちから伊藤に深い信頼を寄せていると聞いていたからだ。


「あの者が、隠密またはそれにつながりのある男だったかは、いまに至るも分かりません」と、伊藤は言った。

 ただ、商人とその自邸がこの世から消えると、噴き出すように死んだ商人についての悪い噂が語られるようになった。それも藩上層部との間のものではなく、多くは陽の下を歩けぬたぐいの連中との関係だった。あくまで、死んだ商人に含むところのあった同業者からではあったが、伊藤自身も聞いた。

 同業者は吐き捨てるように言った。「あのひとは最後のころになると、正道で立ち行かなくなったら裏の手に頼る癖がついていました。悪い癖です。え、裏の手ですか。そりゃいろいろと。証文が夜のうちに消えたとか、商売敵の荷がそっくり焼けたなんて、ザラでした」

 

 思いついて町方に探りを入れたところ、今度は別のおかしな話を伝えてきた。

「商人が死んだすぐ後に、前日まで商売をしていた店が数件、夜逃げしたとの噂でした」と伊藤は言った。「気になったのはいずれも『船』に関わりがあったこと」

「ほう、船ですか。それも、死んだすぐ後」

 正しくは、どれも店を放置したまま店主が行方知れずになったのだという。死んだ商人は手広く商いをしていたが、消えたのは一見して関係のなさそうな店ばかりだった。裏で繋がっていたかも知れないが、詳細はいまも不明のままだ。

 なかでも伊藤の注意を引いたのは、着岸した船舶に食料や消耗品を補給する問屋と、船乗りに人気の飲み屋が同時に閉店した話だった。どちらもある朝突然に店主が店に来なくなったし、普段から髭やほっかむりで店主の顔立ちがわかりにくかった。

 そして飲み屋の親父は、瓦版やちらし、番付表などを集める趣味を公言し、常連から提供を受けたりしていたのに、残された家にはわずかしか残っていなかった。


「あの当時にも不審を抱いて所在を調べさせはしましたが、拙者の力も及ばず行方はつかめませんでした。しかし今回の話を聞き、長らく謎だったあの男が頭に浮かび申した」

 伊藤は、死なせた男の残したものをもっと詳しく調べたかったが、出港まで時間がない。

 例の印のついた暦も、記してあったのは便の出航日と大雑把な行き先のみ。熟練の隠密にしてはやることが散漫な気もする。ならば詳しい資料は処分したのかもしれぬと、もう一度痕跡を探させたが、見つかったとの知らせは出港までに届かなかった。


「目付連中などはまだ、他国の隠密だとか草のたぐいとか申しておりますが、この旅に出てから、あやつらとは異なる意見を拙者は持ちはじめております」

「ほう」

「ここからはただの勘にすぎませぬ。拙者は、年寄りは隠密ではなく盗賊の一味ではなかったかと考えます。とはいえ」

 舟泥棒はいたものの、ここ十年以上にわたり御用船やそれに準ずる船の荷がごっそりうばわれた例はない。しかし、長きにわたってこの国に特有の船便の使い方を知り、監視させていた者がいるのは事実と考えているという。

 それが死んだ商人とどういう関係があり、どのような組織なのか判断はできないが、ただのこそどろではなく、油断できぬ相手なのは分かる。

 もちろん、これらの事件が発覚する前から、今回の見舞いについては通常より大掛かりな警護策をとるよう上申はしていた。特別な意味を持つ便でもあり、積極的に万が一へ備えてもなんら問題はないという判断であり、それは藩主から了承された。

「なのに」伊藤は訴えるように言った

「一連の不気味な出来事をどこで耳にされたのか、院がお口を挟んでしまわれたのです。これには困った」

 荷の多くが先代藩主の未亡人である常法院の手元から出たため、警護について彼女の意向は無視できなかったという。

「そして院が選ばれたのが、気に入りの馬場でござる。剣術が達者とはいえ、どう考えても姦智にあふれた盗賊との対決には不向き」


 さらに不都合なことに「院は自らお働きかけになり、渋る主君から旅の全権を馬場にまかすとのお墨付きまで」せしめてしまった。「わが殿は、ことのほか母親想いの方ゆえ」

 これを知った伊藤は、自ら見舞いへの参加を決めた。そしてもうひとつ。

「船で江戸に着いてから知らされましたが」

 伊藤は、先日起こった柏屋の隠居襲撃事件に衝撃を受けた。

「襲われた先代の柏屋は、宣昭さまの側近連中と昵懇の間がらでした」宣昭とは現藩主の弟で今回の受け取り主だ。図書らの隣国の殿様その人である。

「ひらたく申せば、柏屋はご当地における世話係でございました。宣昭様が国元においでの折に退屈されれば、あの者がいろいろ手配する。小遣いが乏しくなれば、渡す。むろん出所は柏屋のふところでなく、我が国にございます」

「ふむ。その手の裏技は上手だったようですな」

 図書が微笑むと伊藤は彼に笑みを返してから、それで私も裏技を使い、旧知の三浦さまが盗賊改の頭となられたのにおすがりすることにしたと語った。

 伊藤は姿勢を正すと、「肝心なことを忘れるところでした」と頭を下げた。そして、図書と配下に迷惑をかけるのを心からおわびすると言ってから、恐縮する図書の顔をみつめた。


「拙者の言わんとするところ、すでにおおよそは見当がついておられよう。図書殿には腹を打ち明け申す。荷は宣昭さまの尻拭いにござる」

 三男宣昭を養子に出して以来、経済音痴で贅沢の治らない彼の失政に対し、表向きは見舞いと称した送金によって糊塗してきた。大は二回、商人を通した小さいものは三回あり、いずれも金と骨董類を宣昭の所在に合わせて、江戸または隣国に送り込んだ。その商人のひとりこそ先代の柏屋であった。今回も宣昭の側近により、柏屋の隠居には計画が伝わっていたはずだという。

 そして、港にいた謎の年寄りの存在、柏屋先代への襲撃を考え合わせると、伊藤一行が待ち伏せを受ける可能性は高まったと考えるべきである。


 しかし、図書主従を危険に巻き込む理由が情けない。伊藤はあらためて嘆いた。

「愚挙を続ける羽目となったのも、ひとえに先君と常法院様のため」

 養子に出した三男を二人はとりわけ不憫がり、重臣らの反対を押し切って援助を繰り返した。さすがに公式に送金するのは難しく、叔父である前藩主の弟の雅号を借りた。それが喜楽である。こうまでして過去に投じた大金は、いまのところすべて空中に散じたと同じ結果になってしまっている。

 しかし、今は長兄が本国の主であり、本家の意思そのものである。

 剛直な兄は、ついに援助の終了を決断したのだった。


「ご覧になられましたか。今回は金子にさほどの量はござらん」

 金を送るならば、事情の分かった江戸や大坂の商人を使った方がよほど確実である。盗賊に目をつけられる危険性も少ない。ところが今回、金額において多くを占めるのは伝来の茶釜、茶碗などの茶器並びに院が輿入れの折に実家から持たされた宝物、そして古書だという。そして、それがどのような品でどんな意味を持つかは、宣昭にもよくわかっているはずだった。

「母君がずっと大事にしてこられた品々をお譲りするのは、これをもって打ち切りと伝えるため。宣昭様には有無を言わずご了承いただこうという趣向にござる」

 伊藤はそう言うと、にかっと歯を見せた。

「そのためには、伊藤様が……」薄々は感じても本人から聞くと驚きは大きい。図書はうめくように言った。

「左様。もし、お聞き届けいただけぬ場合は」伊藤は彼の眼をひたとみすえた。図書も見返した。

「その折は……」

 ふと、照れたように伊藤は目をそらして微笑んだ。

「素直に国へと戻るばかり。土産でも孫に買って帰りましょう。なに、腹を切る必要はない、決して切るな、首は必ず胴につなげて戻ってこいと、殿の厳命をいただいております。いまのわが主は、なかなかの器量人にて」伊藤はにんまりした。「長く生きて、ほんに良かった。じいの魂魄だけなどいらぬと申されて、むしろ急ぎ戻って弟の顔色を詳しく報告せよと。それで次なる仕打ちをどうするか決めると」

「伊藤さま」


 真剣な顔のままの三浦に、伊藤は大藩の用人とも思えぬくだけた口調で重ねた。

「つまり死を覚悟してお諌めするより、きつく叱ってその様子を遠慮なく伝えよというのが、我が主が望みでしてな。不肖の弟に二つもの国が引っ掻き回されるのは、もうこりごりとお考えなのです」

 うなずく図書に伊藤は、

「そのあたりの呼吸が、馬場の浅知恵では読み取れん。情けないことよ」と、ため息をついた。そして思いついたように、少し自慢げに尋ねた。

「それより、家のものから拙者の若き折の話は、お聞きいただけたかな」

「は。多少は」

「そう、あの頃は家督を継いだばかりで、拙者も若うござった」伊藤は昔を懐かしむような調子で話をはじめた。

 

 代々君主近くに仕える家に生まれた伊藤は、当時の藩主の命に従い江戸詰めだったおりに陸路を使っての金の輸送に従事した。

「それは愚かな見舞いなどではなく、急ぎ国元にため池を作るための資金でした。各方面の助力を得るため、どうしてもまとまった見せ金が必要となった次第」

 二十人近くで江戸から出発したが途中、いつの間にか嗅ぎ付けた夜盗に襲われた。

「数は知れておりましたが、追い払っても追い払っても襲ってくる、まさに餓狼のような連中でした。いま考えるとどこぞの浪人の群れだったのか。こちらは多くが傷を負い拙者もついに死を覚悟したところ」

 偶然通りかかった、そこの国の藩主による鷹狩りの一行に助けられ、命拾いしたという。

「あれがなければ、こんな目にあわずにすんだとも言えますな」

 伊藤は明るく笑った。

「その経験もあり、できる範囲で径路の提案もした。海はいいのです。海賊に襲われれば、それはそれですっぱり諦めもつく」

「なるほど」今度は二人が声を合わせて笑った。

「それに、船に乗せれば馬場たちも勝手が違って気弱になるとも考えたのです。ところが、根をあげるどころか。げえげえはいていたのは、出航から二日ほど。すぐに慣れて飯が足りぬと抜かす始末。頑丈というよりどこか抜けてるのでございましょうな」

 

 ひとしきり笑ってから、図書が聞いた。

「今回の径路は、柏屋の隠居の案が元となったのでしょうか」

「おそらくは。ただ、最後に夜、陸路を行くのは馬場あたりの差し出口かも知れませぬ。あれは見せ所を得たい口でしてな」

 顔は見知っていたが、あれほど愚かとは見抜けなかったと伊藤は嘆息した。人数を絞ったのも、自分たちとそりの合わない人間を入れずにすませるための方便と思われた。肝心の剣の腕も、

「御前試合では向かうところ敵なしでも、しょせんは油を引いた板の上で棒を振り回すのが上手なだけの男。寺のお堂でほうきを持ってじゃれ合う小童と変わりませぬ」

 あの傲慢さで、ましてや命のやり取りに慣れた盗賊にでも襲われようものなら、あの連中に勝てる見込みなどない。伊藤はそう言い切った。

「我が組がほうきのはたき合いよりましな働きができるかは、心もとないことながら」図書は言った。「いかな理由があろうとも、伊藤様を信ずるのみ。身命を賭して役目を果たします」

 伊藤は目をきつく閉じ、深々と頭を下げた。 

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