第19話 同心涌井と消えた金

 十九 賽銭


 大侑寺は雲山和尚の長徳寺の支寺にあたり、同じく普段から神聖な雰囲気に乏しい寺だが、その日は特にひどかった。

 あきれるほど屋台が並び、それぞれが茶や菓子、髪飾り、おもちゃなどをぞろぞろと歩く人の波に売り込む。み仏というより、商売の神様に対する熱気が渦巻いているようだった。集まってくるのも近隣の住人から船乗り、宿場を通過する旅客までさまざまだ。

  熱気の中心こそ、近在にあまねく知られたこの寺独自の富くじを兼ねたお札だった。節句ごとにもっともらしい理由をつけては発売される。

 

 この寺のお札は、貧しい人に施しをしたという過去の高僧の挿話に無理矢理引っ掛けて、黍餅と木札をひとそろいにして売り出される。値は子供が小遣いで求めるには高すぎるが、もちろん目当ては大人だった。寄付という名目で払うなら高額をはり込んでも抵抗がないのか、近くの商人なら寄進を兼ねて派手に参加するが習わしになっている。くじは小額ならその場であたりが分かるし、翌日には大当たりが発表される。くじがすっかり済むと、残った餅は使用人や近所の子供に下げ渡される。


 くじの胴元は寺と結託した「ご一同」という檀家の集まりが行うが、直接関係のない外部業者たちも、折々に聞かされる住職のありがたくもない説教を我慢すれば、その都度集まる現金のおこぼれにはあずかれる。二日の間に結構な人が押しかけるため、周辺から手伝いとして相当な人数が集められるので、そっちの経済効果もある。近年は国自体の景気が良好なため、集まる額も田舎のくじだと馬鹿にはできない規模になっていた。

 新当組同心涌井市之進は、くじ人気で湧き返る人ごみの中から頭一つ突き出して歩いていた。自分も黍餅を買いたい気持ちをおさえて人の波を観察する。彼の足下を小さい子供が走り回っては甲高い声をあげている。

 

 さきごろ賭博の手入れを手伝った折に知り合った寺社奉行の人間に、今度の祭礼で見回りをしてみたいと伝えると、つねづね人手不足を言いふらしていることもあり、「どうぞ」といわんばかりにすぐ話が通った。

 間もなく上司である宮部を通じ、帯刀したまま境内に入る許可をもらえた。宮部もまた、「感心なことだ」と褒めてくれたので、ますますやる気が高まる。その割に上司の表情はあまり興味なさそうでもあったが、細かいことは気にしないでおいた。

 今回の祭礼は、ある上人様の入滅百五十周年に合わせて行われる。この寺は開基やら誰かの入滅やらを絶えず祝っているので、涌井の関心はその内容にはなかった。ただ、大金が動き、途中両替屋まで入るというのが、気にかかっただけだ。

 

 寺に向かう道の一角には、きらきら光る仏具を売る店が集まっていた。いかにも地味な着流し姿の自分をそれに写し、涌井はちょっといい気分になった。あえて一本差しにした刀は、渋めの拵えで長さも抑えめだった。いままでの差料は、隠密廻りには少し派手だったので、これなら文句なしだと、心の中で母親に感謝する。彼女が長年蓄えていた金で買ったばかりだったからだ。

 

 前の刀は、家伝の品を父に譲られたものだった。先手組の見習いだった涌井が新設の新当組に抜擢された際、喜んだ父が刀剣商に頼み礼装にも合うよう拵えをやり直してくれた。すらりと長く鞘に入れた姿は良いが、相当研ぎ減っていて刀身の細いのが、ひそかに不満だった。

 

 新番組が発足した際、選ばれたのはどちらも見習い身分の涌井と島の二人だけだった。あとで分かったが、涌井が国の武士の中で一番の長身で、ふっくらした島も普請方で一番大柄だった。

 二年ばかり行事のあるたび、その刀を差して藩主の後ろに付き従った。初めは先君も二人にお言葉を下さったが、体調が優れなくなると行事は減り、ご嫡男の治世にあらたまるとその後は朝晩二回、定められた場所を歩くのがだけが仕事のようになった。

 

 組が改組され、彼と島が張り切ったのは当然だった。特に涌井は、毎朝の素振りも倍にした。また何より気に入ったのは仕事の内容である。盗賊方だと聞きわくわくした。

 次に嬉しかったのは衣装の自由度がぐんと上がった点だった。

 与力二人の羽織姿は、派手ではないが明らかに町方より趣味が良い。内心、町方の衣装は地味すぎると思っていたのだ。涌井も喜んで二人の真似をした。 

 肝心の仕事をおろそかにしたつもりはない。がらりと変わった環境には大いにとまどったが、内容は興味深く、若さもあって一日一日馴染んで行く。

 怖そうに見えた上司の宮部は、しゃべり好きの明るい性分でほっとした。そうなると今度は刀だ。控えめな島も、毎日正月と揶揄されていた当時とはいつの間にか差料を変えていた。落ち着いた拵えで親戚にもらったのだという。

 そうなると同僚のはもちろん、町方とすれ違っても涌井の目に留まるのは腰の刀ばかり。

 先日の山賊退治では、郡方との連絡業務を強いられ、思うような活躍ができなかった。そのことがむしろ刀へのあこがれを加速した。新しい刀なら、運気も良くなるのではないだろうか。

 

 そこで、参考とすべく周囲を観察した。見るからに上等な刀を帯びた長官の三浦は別格として、涌井が目をつけたのは、与力の古田親兵衛だった。

 はじめて会った印象は、男のくせになんてきれいな人だろう、だった。

 親兵衛は、涌井のような若造であれ足軽中間であれ、いたって丁寧で腰が低い。そのためしばらくは、ただ単に人柄と事務能力を買われて人の少ない部署の与力に選ばれたとばかり思っていた。

 

 だが、賭場の手入れから数日後のある昼下がり、人をほめるのには渋い宮部が、ぽつりともらした言葉に驚いた。

「自慢をしない人だが、あれだけの遣い手はこの国におらんのではないか」

 それ以来、がぜん彼の差料が気になりはじめた。さらに先日、一宮や先助から聞かされた、山賊を返り討ちにした腕の冴え。

 それからどうしても毎日、古田親兵衛の腰を目で追ってしまう。

 

 親兵衛は、とくに目立たない刀を差している。つばは何も飾りのない鉄製で拵えも地味だ。しかし日々の観察のうち、自分の刀からすればやや短めのようにも思える彼の刀は、重ねが意外に厚いと思われてきた。親兵衛の雰囲気からすれば、細く優美で切れ味の良さそうな刀がぴったりだった。

 しかしそうではない。つまり選択の基準が実用なのだろう。じっとみているうちに、あの刀がとてもすてきに思えてきた。

 

 ある日一緒に外へ出る機会があったので、意を決し、直接聞くことにした。

 まず、「良い刀が欲しいのです。やはり短い刀の方が扱いやすいのでしょうか」と尋ねてみた。親兵衛は優しい顔で彼の差料に目をやり、

「おぬしとわたしでは、背丈が違う。おのれに合ったのが、良い刀ではないかな」と言った。

 親兵衛が小柄というより、涌井が上下に長過ぎるのは分かっていた。

 彼は、人を見るたびその刀に注ぐ涌井の視線に気づいていたのだろう。気軽に話してくれた。

 使いわけが理想なのかも知れないし、刀を選ばないというのも正しいかも知れない。だが、常日ごろ持つなら、まず手に持った具合のいいものを勧めるとのことだった。「日々稽古を欠かしていないなら、もち良い使い良いは自ずとわかるだろう」 

 次に重ねについて聞いてみた。「欠けや曲がりを気にするのはわかる。とはいえ、日々下げている刀があまり厚すぎ重すぎるのも考えものだ。薪を割るわけではないからな。あまり重いと、持つのがいやになるぞ。結局はこれも長さと同じ返事になるな」とのことだった。

 

 そして刀の質だ。やはり名刀と呼ばれるものは良いのかと問うと、そんな高価な刀は所持していないので判らない、との返事だった。だが以前に宮部から、元はそれなりの家柄の生まれだったらしいとは聞かされていた。そこでしつこいとは思ったが食い下がった。

 親兵衛は一度涌井の目を覗き込み、ふっと笑って答えてくれた。確かに元服の折に父から良いとされる刀を渡された。だが、こちらへと渡る船賃に化けてしまった。

 「なにせ浪々の身。結構良い値がついたので、斬れ味より売れて嬉しかったのをよく覚えている」のだそうだった。

 彼が朗らかに笑っているので、一番聞きたかったいまの渋い刀について聞いてみた。

「この辺りではあまり見かけませぬが、どこで手に入れられたのでしょう」

 自分で思った以上に勢い込んでいたようで、親兵衛は意外そうな顔をした。

「わしの生国のあたりでは特段珍しくはないものだ」そして、役所に戻ると、

「見ても美しくはないので、安かった」と佩刀を涌井に見せてくれた。家伝の刀を売った後、空手ではまずかろうと旅の途中に探したものだそうで、

「どこかの城か館の備え付けだったというのが折よく出物であった。その中から手に合ったのを選んだ」と説明してくれた。

「まあ、眺めて楽しむものではない」

 だが涌井の高揚した目には、「これが山賊を斬った刀か……」としか見えなかった。てらいのない刃のついた、ほど良い厚みの刀身が、すごみを秘めているように思えてならない。彼の真剣な目つきに気づいたのか、

「そう、そんなに気に入ったなら譲ってやりたいが、わたしも手にあうのはこれしかなくてな」と親兵衛は言いつつ、「まあ、古田の家にはまだあるし…」などと本気で考えてくれた。

 ちなみに脇差は雰囲気が違い、刃幅が広めだし刃紋も明るい感じであった。結婚の祝いに、涌井も名だけは知っている水町の隠居にもらったものだそうだった。あんな厳しいので有名な人物に気に入られているというのも驚いたが、どうもほんとうの剣豪はあまり刀にはこだわらないらしいというのはわかった。

 むろん、大事なものを譲ってもらうわけにはいかないが、ますます似た刀が欲しくなってしまった。

 

 非番のたび、時に役目中にも市や刀剣商を渡り歩いていたら、ある店に置かれた一刀に目が吸い寄せられ、離れなくなった。かなり、似ている。涌井の穴でも穿ちそうな視線に気づいた店主は、

「良い時代の物ですよ。こんなにうぶなのは、いまじゃ珍しい」と、殺し文句を言った。

 決して高級品ではない。ただ、国では滅多に見かけない刀風だった。刀身も思い描いていた通りで、親兵衛のより少し長かった。ここで逃すといつ手に入るは分からないが、聞いた値段はたいした蓄えのない彼にとって右から左へと出せる額ではなかった。

 祖父母も妹もまだ家にいる。なんとかして欲しくとも、生活に余裕などない。新当組改組の時、内々でいただいた志度金には手をつけていなかったが、とても足りなかった。

 

 そんなある日、浮かない表情の息子を気にした母が、彼を呼んで理由を尋ねた。二十二にもなって情けないことだと思ったが、つい泣き言のような返事をしてしまった。

「お役目にどうしても必要なのです。あの差料のままでは私は、いつまでも一人前になれません」思わず目に涙がにじんだ。

 母はなぜか大きくうなずくと、輿入れの折りに持参したという大事にしていた文箱を開けて、

「お父様には内緒です」と、ずっしり重い袱紗を涌井に手渡した。そして、

「お役目にどうしても必要なら、遠慮せずこれをお遣いなさい」 

 黙ったままの涌井に母は、

「前のお役目が、心楽しくないのは分かっていました。貴方の長い背中が、いつでも曲がっていましたから」と言った。

「しかし、今度のお役替えで、ようやく貴方の表情が明るく、背筋も伸びてきたように感じていました。きっとやり甲斐があり、お仲間も大切にして下さるのでしょう」

「母上」

「人が望んでも滅多に得られない最たるものは、気持ちよくご奉公できるお役目です。このところまた、顔が曇っていましたが、これで晴れるなら何を惜しむことがありましょう。もう一度背筋を伸ばして歩けるなら、安い買い物です」。

 その刀を腰に下げ、涌井は寺の前の通りを、境内を、そして本堂の裏を巡視して廻った。これなら、すぐに役人とは分かるまい。

 

 思いついて覗かせてもらった寺の裏側は、まさに戦場だった。

 黍餅は外部からの調達らしいが、ひっきりなしに金が持ち込まれる。さい銭、寺が売っているお守り、そして黍餅と一緒のお札とで金箱がわけられていて、そこに金がみるみる積み上がる。ほとんどが銭だが、ときどき銀や朱金が混じるし小判も結構ある。顔を見知っている副住職が彼に気づき、

「なかなかのものでございましょう。ありがたいことです」と、涌井と金に手を合わせた。

「不躾ながら、一日でどれほど集まりましょう」 

 副住職は、頭を反らせて笑い、

「拙僧は係ではございませぬので」と断りながらも声を潜め、

「ま、昼過ぎまでで五百近くは。いや、もう少し上か」

 涌井が目を丸くすると、

「先年、開基二百五十年の折、少し困ったことがございまして」銭束を稲わらのように積み上げてあったのが外部の者の目に触れ、騒ぎになりかけたという。それで前回からやり方を工夫し、今日明日と地元の両替商が引き取りにくることになっている、となにやら自慢げに言った。

 

 奥で茶を出そうというのを断り、涌井はひとまず外に出た。屋台でかなり待たされてから、茶飯をしたためた。

 もう一度寺に戻ろうとすると、肩を叩かれた。

「よう」振り向くと、かなり下の方に顔があった。同僚の同心、一宮だった。

「宮部様から聞いたぞ。熱心だな」

 一瞬戸惑い、すぐ気持ちを切り替えた。一宮は、元は町方にいたはずである。着流し姿も、自分より様になっている気がする。

 昨今の町方は、外回りの仕事のほとんどを番屋付きの小物たちに任せっぱなしだ、と宮部が嘆いていたのは知っていた。それに一宮は、定廻りではなく公事で書類を捻っていたらしかった。しかしそれでも門前の小僧のはずだ。参考にはなるだろう。

 だいいち、彼にはあの、眩しいぐらいに明るく利発そうな妹がいる。一宮を訪ねてときどき役所に顔を出す妹は、歳は十五、六のはずだが、背はすでに兄より高かった。

「まあな。おぬしも見回りかい」

「いや、暇だったのでな」

 一宮は涌井より少し歳上のはずなのにまだ独り身だった。母親がうるさい人のためらしい。二人は、連れ立って歩きはじめた。

 

 その姿を見て、男たちがささやきあった。

「なんだい、あのちびとのっぽ。ほんとに役人か」がっしりした身体付きの男が聞くと、「さっき寺に潜り込ませてある加平とつなぎを取ったが」隣の目つきの鋭い男が返事した。  

「そうではあるらしい。新当組だそうだ」

「ふーん、今度できた盗賊方か。そりゃ怖い。あんまり怖いので、早くいただいて帰りたいよ」

「おれも、いただいてかえりたいよ」

 ひとごみを抜けてきた目の小さな男が、ひそひそ言い交わしていた二人に小さく合図した。

「兄貴」二人が小さく頭を下げた。

「気をゆるめるなよ」

 煙一味で人や物資の調達を受け持つ弥十は、今日は監視役として加わっていた。

「だがな」と弥十は訓示した。「こないだも言った通り、お頭は無理して全部取ろうなんて思うなとおっしゃってる。派手に盗むのより、坊主どもに気づかれずに消えるのを大事にするのが、俺たちだ。そのあたりを勘違いするなよ」

「ええ。生臭に一泡吹かせてやります」

「まてまて、焦るな。お前達の思いつきを、半次さんもおもしろがって、寺の連中に振りまく金をくれた話はしたな」

「へえ」

「やるなら、半端にやるな。本気ならもとではちゃんと遣えということだ。それをわかったうえで、仕事に取りかかれ。ああそれと、俺に恥をかかせるなよ」

 一息に言ってから、弥十は周囲をちらっと見回した。そしてうなずく。

「準備は早いにこしたことねえ。そろそろ行きな。手が回った時に騒ぎを起こす係は、そろそろ位置につく」と言った。

 

「しかし、どこからこれだけ集まるんだろう」

 半日巡回して、すっかりくたびれた顔になった涌井が言うと、

「そうだな、うちの母など、こういうのは嫌うけどな」と一宮が言った。

「お祭りがかい」「いや、くじの方」

「ふーん」もし当れば、母親に小遣いを渡せると考えていた涌井は、

(くじを買っても黙っておこう)と思った。

「そういえば、あの連中はなんだ」

 人でごった返す中を、同じような盲縞の着物を着た四人ほどの男が歩いてくる。うち、二人は背中につづらを背負っていた。涌井らが見ているのに気づくと、会釈を返した。

「愛想いいな」

 近くにいた若い僧が、彼らをみて金勘定をしている部屋の中に入った。出てきた時は副住職が一緒で、盲縞の一行を手で差し招いた。人が大勢いるので、涌井のところからはそれぞれの顔は分からない。

「そうか、両替商だ」

「何だい、そりゃ」と一宮が聞くので、「一度にあんまり金が集まるので、まとまったところで取りにこさせるらしい。不用心だからって」と答えた。

「わはは、俺たちがいるじゃないか」

 そう言いながら、一宮もさっきの涌井と同じく、お札売りの裏方をのぞきに行った。しばらくして戻ってくると、

「なるほど、すげえすげえ」と感心した。「あんなに儲かるのじゃ、笑いは止まらんな。すごいぞ、さっきの両替屋たち、ぐるぐる廻って金をつづらに入れている。ありゃ疲れるだろなー」

 なるほど、さほど時間の経たないうちに、ひどく重そうになったつづらを背にかつだ男たちが出てきた。額に血脈が浮いている。つづらを担いでいないのも、両の手に麻袋を下げている。こっちも重そうだ。

 早足で人ごみをすり抜けようとするので、そのうちの一人がつまづいた。

「あ、大変だ」

 涌井が駆け寄った。一瞬、両替屋たちの動きが止まった。こわばった顔で涌井を見るが、彼の人の良さそうな表情に気づくと、倒れた男は、

「これは、失礼しました」と笑った。こぼれた銭はわずかで、涌井は拾って入れてやった。袋の中がちらっと見えた。銭の下に、金色の光が隠れていた。涌井は、なるほどすごいと深く考えず、立ち上がった男の埃をはらってやった。

 他の男たちも口々に彼に礼をいった。さっきつまづいた男が、もう一度涌井を振り返って頭を下げてからようやく去って行った。

「両替屋も大変だね」

「まあ、金の重さって楽しいんじゃないのかい」と一宮は言った。

 どうも自分と微妙に感覚が違うな、と涌井は思った。

 

 二人は一度茶店で休憩して、またあたりをぶらついた。小さな喧嘩ざたがあったものの、番屋に連れていくほどではなかった。夕暮れになると、客の雰囲気が変わってきた。この祭礼は、日没とともに終わるはずだった。

「そろそろかな」

 向こうから、盲縞の着物の男たちがやってきた。荷駄を乗せた小振りな馬を連れている。

「あれ、二回目か。しかし儲かるなあ」と、一宮が言った。

 ご苦労だな、と彼が役人風を吹かせると、先頭の男が、

「急に馬の具合が悪くなって。代わりを探すのに手間取りました」と言った。

 馬を待たせて、さっきの男は奥に入って行った。

(あれ。なんかおかしいな)涌井はじっと見ていた。その違和感は間もなく裏付けられた。

 副住職が真っ青な顔をして外に出てきた。涌井と一宮を見つけると、泣き出しそうな声で言った。

 「やられた、前のはニセモノだ。大工に渡すため置いていた手付け金もない」

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