第35話 訪問者①
「悪い、待たせたな」
瑞樹が部屋を出たのは、男との対話が終了してから30秒後。用事は予想よりも早く済み、口で言うほど待たせてはいない。
それでもニーナと別れ5分以上経っている。暗い廊下に一人で待つのは、不安もある年頃だろう。実年齢を知らないので、あくまで外見年齢での考察だが。
「遅い! けど、まあいいや。話し合いだけじゃなかったの?」
――鋭い! そう思ったのも一瞬のうち。どうやら単なる思いつきらしいが、知られて困ることでは決してない。
それに、逆の立場なら瑞樹も同じことを訊ねただろう。理屈ではなく感覚で。
「あるものを採取してた。まあその話は置いといて、そろそろここを出るぞ。厄介事がやってくる」
ニーナと行動を同じくしている手前、警察と関わるのは避けたい。瑞樹が家主の許可を得ているとはいえ、速やかに立ち去るに限る。
ニーナだけを逃がせば或いは要件が速やかに済むかもしれないが、彼女の行動ほどヒヤヒヤさせられるものは無い。
雨が降っている。豪雨とまでは行かないが、本降り以上の雨量はあるだろう。
二人は家を飛び出し――鍵はしっかりと閉めておいた――ギャラリーが集まる前にと、建物の裏手に回った。
侵入に備えてか壁は高く、およそ五メートル――生身では乗り越えられない高さだ。通常の一戸建て住宅ならば高すぎるが、この敷地面積のせいか、自然な高さである。
壁上には棘のある金網が巡っており、はしごがあっても侵入は厳しい。
そこまでして侵入者を拒みたい理由を瑞樹は見つけられなかったが、理事長のことだ、何かあるのだろうと勘ぐってしまう。
倉庫のようなものがいくつかあったので、そちらの可能性もある。
ニーナの寄りかかっている壁の向こう側は、先程までいた部屋の外だ。ただでさえ火事にあったのに、加えて魔法による襲撃。
自らの目で確かめることは叶わないが、陰惨な様子なのは想像に難くない。
(さっきの男はどこに行った?)
そんな疑問が浮かんでくる。
瑞樹が部屋を出る時一度振り返って見たが、誰もいなくなっていた。帰ったのだろうが、気になるのはその帰る場所だった。
恐らく、この世界で初めてまともに会話した人が瑞樹だろう。帰る場所だけでなく、食料の問題も気になる。
「そうだミズキ、さっきはなんて話してたの? やっぱり魔法?」
「大したことは話してない。彼もまたお前と同じ境遇だっただけさ。だからこの世界について少し話した。転移のこともな」
「じゃあなんで狙われたの? お茶碗投げたのが悪かったのかなぁ……」
「……何があったのかは聞かないでおく。あと、理由は何となく察せる。目が覚めたら知らない場所にいて、言葉が通じず更には目視できない襲撃、もしニーナがこの立場ならどうしてた?」
しばらく目を瞑るが、想像とはいえその不快感に顔を
「……怖いね、私も魔法を使ってたかも。おじさんと一緒だ」
「おじさん? ああ、やっぱりあの男なのか」
「そう、言ってなかったっけ。あの人が色々な魔法を教えてくれたんだよ。偉い人らしいんだけど、そうは思わなかったなー」
「そうなのか。今、初めて聞いた」
それならニーナが話せばよかったじゃないか。
そんな思いも、気づいたのが瑞樹が部屋に入る時であると聞いて消える。それに、どうやら今は喧嘩中らしかった。
「俺の部屋で目を覚ます前は元の世界にいたんだよな。そこにあの男はいたか?」
「いたよ。広間で気絶してたけど」
質問の意図が読めず首を
「ここの火事を引き起こしたのがあの男である可能性がある。後で映像を確認するが、現状、最も疑わしいのが彼だ」
瑞樹は壁を睨みつけた。正確には壁の奥にあるはずの、焼けた建物を。
「映像?」
「ああ、監視カメラの映像をこれに移してきた。帰ってから解析する」
ポケットからUSBメモリを取り出し見せる。部屋の卓上に転がっていたもので、しばらく拝借しておいた。勿論返却するつもりだ。
移したデータは過去一週間分の映像。これが役に立つかは不明、しかし調べる価値はある。
「どんな映像であれ、あの男は映っているだろう。だがそれだと少しおかしい。別々に転移させられたのなら辻褄が合うが、そんなことが意図的にできるわけが無い。偶然に偶然が重なって、しかしそれでも起こり得ない。一度生じるだけでも奇跡だ」
「えっと、それってつまり……どゆこと?」
「同時に移動を開始して、到着時刻が異なる。移動法は同じ。この時間差に何らかの原因があると考えるべきだ」
細かいことを考えるのが苦手なようで、ニーナは苦渋の色を浮かべている。授業中の喜多嶋と同じだとは口に出して言えない。
「元の世界に帰れないってこと……?」
その口調が哀愁帯びて聞こえるのは、瑞樹の勘違いではない。
「そうじゃない、普通ならありえない程の低確率なだけだ。だが有り得る――ニーナ、お前がその証拠だ。そして可能性がある以上、俺が成功させる。魔法を活かしてな」
「魔法か、興味深い話だね。僕にも詳しく教えてくれないかい?」
「――っ!」
突然、瑞樹の背後から声がした。まだ若い男性の声、しかしその声には聞き覚えがない。驚き振り返って見るも、その人物は瑞樹の知り合いにいなかった。
知り合いにはいない。しかし見覚えはある。茶色の髪は耳にかかるほど長く、身長は瑞樹よりも僅かに高い。
20代の青年のようだが、伊達眼鏡のせいで瑞樹と同年代に見えなくもない。
「驚かせてすまないね、昨日ぶりかな。まあ君はすぐ行っちゃったんだけどね」
残念だったなぁ、と言いながらも表情は笑っている。実に楽しそうだ。
その様子にピンと来た。昨日、緑の公園にて瑞樹の後ろに並んでいた者だ。
絡まれたら厄介だと思い、早々に立ち去ることにしたのだ。
だがそれだけ。交わした会話も一言二言。街中で気軽に話しかけるほどの仲ではない。むしろ他人に近い。
「まあまあ、そう警戒しないで。君と僕の仲じゃないか」
「同じ列に並んだだけで仲良しと思うんなら、その気持ちは一方通行です。俺に押し付けないで貰いたい」
「君のことは本当に友人だと思っているんだよ、瑞樹君」
警戒度が増す。
過去の記憶を漁るが、やはり友人はおろか知り合いにすら、目の前の人物及び成長したらそうなるだろう人物は見当たらない。
厄介事は連鎖するのだろうか。理不尽な襲撃もそうだが、この人物は別の意味で脅威だ。会話の主導権を握られている。
(……どうしたものか)
しかし瑞樹の心配は無用なものとなる。
「こう言えば伝わるかな。僕の伯父の出した依頼をこなているらしいね。そんな事しなくてもウチは君を欲してると言うのに」
見た目、髪色、声、どれも瑞樹の記憶にあるものと異なる。しかし彼の言葉が本当なら、当てはまる人物は一人しかいない。
そして、その人物の記憶を思い出せば出すほど、目の前の青年の話し方が記憶にあるものと一致していることに気がつく。
「もしかして佐々木さんですか?」
「そんなに畏まる必要はないのにな。ま、いっか。そちらのお嬢さんははじめましてだね。瑞樹の友人で、将来の上司の佐々木涼太です。よろしくね」
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