第33話 不可解な事件⑤
「なっ!?」
瑞樹はその人物を知っていた――というか先日会ったばかり。まともな会話こそせずとも印象強く残っていた。――現代社会で自販機に苦戦する絵面を誰が忘れようか。
相手は瑞樹を覚えていないようだったが、瑞樹の中では既にただならぬ存在感を放っていた。
その時は「やばいやつ」と評価していたしていた瑞樹だが、その評価はやがて危険人物の域まで達することになる。
そいつはゆっくりと腕を正面に突き出す。何気ない、けれども最近よく見る動作。
――離れろ。
本能が叫ぶ。
それに従いニーナの手を引くと、扉の前まで後退した。
「え、えっ? 何?」
戸惑う声がするが、構わない。襲いかかる「何か」に身構えた、その刹那――。
――パリィィィィン!!
窓ガラスが割れた、大きな音を立てて。幸いカーテンが防護膜たなることで衝撃を殺してくれた。カーテンが大きく翻っただけで瑞樹達に被害はない。
しかし瑞樹は見た。その人物の手の中に――。
「ちょっと、ミズキ、今の何? どういうこと?」
「……魔法だ。あいつはお前と同じ、魔法使いだ」
――黒石が握りしめられていたのを。
分からない。瑞樹は何故自分達が攻撃されているのか、一切心当たりがなかった。誰かに恨みを買うような行いをした覚えはない。対人関係には気を配っていた。
対話しようにも言語が違う。ならばジェスチャーなりでコミュニケーションを取ろうと考えても、一方的に危害を加えられ続けている今、どうこうできるものではない。
となると、残りは武力行使のみ……。
「ニーナは何か、攻撃手段になる魔法は使えるか?」
「ごめん、なさそう。やったことないから」
「八方塞がりか」
現在は廊下に潜み、一時の安全を確保している。攻撃は等間隔で続くが、コンクリート壁の強度は彼の予想を上回っていた。
「でも入られたら終わりだね」
ニーナはそう言うが、瑞樹はそれを否定した。
そいつも同じことを考えたはずだ。しかし行動しない――出来ない。それは理事長の設置したレーザーがあるから。
何処から撃たれたものか不明な攻撃がある以上、迂闊に近づけないと判断したのだろう。
つまりそいつは、建物の防衛力を知っている、この場所に関係している。
(……穴だらけなのはレーザーで貫かれた痕、ぼろぼろの服は火事で焼かれた痕。セキュリティに引っかからず侵入できたのは、転移先が建物の内部だったから……)
ふと閃いた仮説だったが、ありえないほどしっくりくる。それが事の真相だとしても納得できるくらいには。
但し証明にはそいつの証言が、説明には魔法の存在を明かす必要がある。
理事長への報告にも迷ったが、それは後々考えるとして。
「やっぱり会話に持ち込みたい。ニーナがニーナが日本語を覚えたみたいに、それを俺に使うことは可能か?」
それに対するニーナの回答は「分からない」だ。
彼女が日本語を話せたのも、一種の固有能力のようなもののお陰だ。
魔法そのものを自身と融合させることで、必要とあらば無意識で――たとえ本人が望まなくとも――発動する。
これがおじさん(ニーナはそう呼ぶ)の研究成果だった。同じもので防御魔法もあるが、
あの時ニーナは魔法を使っていない。必要だから覚えた、それだけ。だから成功するかはっきりしなかった。
「でもやらせて。絶対成功させる」
しかし正しい感覚はしっかりと残っている。それにリスクもない。やるだけやりたかった。
瑞樹はそれに応じる。
(大丈夫、失敗しない)
ニーナは知っている魔法なら、何だろうと使える。その自信かま彼女を後押しした。
翻訳魔法。対象となる言語を聞く必要があるが、今のそれはニーナの母国語であるため問題ない。今でもしっかり話せる。
対話だけならニーナの方が適役だが、説明や説得については瑞樹に任せた方が確実だった。
黒石を手に、瑞樹に魔法をかける。見かけ上は変化がないものの、結果として瑞樹の話せる言語が一つ増えた。
「じゃ、行ってくる」
そう言うと、いつの間にか襲撃の止んだ部屋に入る。
(疲れたのかな? うん、きっとそうだ)
魔法は体力を消耗させる。簡単なものはまだしも攻撃魔法は難しい。だから辛い。
きっと休憩だろうな、そう思い、扉の隙間から顔を覗かせて。
「あれ? あの人おじさんじゃん」
その男が、彼女を監禁した研究者であることに気がついた。
再び部屋に入ると、そいつはカメラに映っている時と同じように、どこか一点を注視していた。何かある訳でもない、コンクリートの壁があるだけだ。
他の部屋と差別化出来ない程部屋は荒らされたが、それには何の感情もこもていないらしい。
パソコン等ある程度の重量があるものはかろうじて元の場所に留まっているが、ちょっとした衝撃で落下しそうだ。
(こいつには物を大切に扱う気持ちはないのか?)
破壊衝動に駆られていると言われた方がまだ理解出来る。
落ち広がったプリント類、本棚から飛び出している古い書籍。ここら辺は他の部屋と同じだが、そのどの部屋もガラス窓は派手に破壊されていない。
そういう性格なのか、あるいは精神が不安定なのか――。
二人の間に隔たりはなく、瑞樹の視線が暗く濁ったそれと交差する。と、そいつの片手が持ち挙がる。十中八九、魔法を放つつもりだ。
魔法をじっくりと見たい。が、それをさせてはいけない。
「待て! 話がある」
瑞樹は日本語で叫んだ。しかし口が紡いだのは知らないはずの言語。とてつもない違和感、だのに悪い気分ではない。
知らない言葉なのに意味が分かる。ニーナの国の言語だろう。初めて体験した魔法に感動するも、感慨に
果たしてそいつは、挙がりかけた腕をピタリと止め。
「……言葉が通じるのか?」
敵意が消えたわけではないだろうが――原因は不明だが――ひとまず聞く耳は持ってくれたようだ。
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