第32話 不可解な事件④

 瑞樹が調べているこの事件は、公にされている情報だけでもかなり不思議な事件である。それは犯人の目的が不明と言った点での不思議さで、出火原因が不明だという報道は、その不思議性を際立てていた。

 しかし人々にとってはよくある事件の一つでしかなく、日が経つにつれて解決するだろうと思い込む人が大半を締めていた。数日前までは、瑞樹もその大衆の一人である。


 だがこれは一般に知られている内容であり、奇妙な点はこれで全てではない。理事長の話す侵入者対策レーザーに引っかからなかったのもそうだが、意図して秘匿されているとしか考えられないものもある。


 瑞樹は気づいていた。この建物には警察も消防も立ち入っていないと。その理由は分からない。

 だが少人数でも少なからず痕跡は残るものだ。それも半壊した建物ならば。


 瑞樹は初めの部屋に入った時に、微かな違和感を覚えた。それは、調査後であるという事前認識と現実の齟齬から生じたものであった。汚れた家具、足跡の無い廊下、散らばった黒石。報道は出鱈目である。


(まあ、誰も入ってないのは正解なのかもしれないな。余計な混乱を招きかねん。なにせ……)


 そこで思考を中断し、最後の一室――恐らく最奥部だろう――をふと見渡す。その角では瑞樹から軽重二つの黒石を受け取ったニーナが、その違いを見つけようとしていた。


「どうだ、何か掴めそうか?」

「うーん、確かに違うのは分かるんだけど、どこが違うのかが見つけれない。もう少しかかるかもだけどいいかな?」


 問題ない、とだけ言うと、瑞樹は自分の仕事に移る。


(事の一部に魔法が作用しているなんて、誰が分かる? 調べれば調べるほど謎は増えるだけだ)


 瑞樹の場合は、本物の魔法を間近で見たからこその理解でもある。ニーナという魔法サンプルありきの理解だ。それがなければ、ゴールのない迷路に迷い込むことになっていただろう。




 この部屋は、他と比べると大きく異なる。それはこの部屋だけ照明がつくから、なんてものは、幾つもある結果の一つでしかない。


 壁際には長テーブル、その上にいくつかに等分された巨大モニターがある。

 照明がつく、それはすなわち電気が通っているということ。起動ボタンを押すと案の定、ブゥゥンという機械音とともに、左下から順にモニターが映像を映し出す。その映像は瑞樹達の入ってきた玄関や門、敷地内の様々な場所を、様々な角度で映していた。


 監視カメラだ。しかも画面の数がカメラの数よりも少ないらしく、数秒毎に異なる場所の映像が流れている。

 どうやら建物内は監視していないようだが、屋外は死角がないように設置されているようだ。


(ここは管理室だろうな。だがなんでここだけ?)


 そして唯一この部屋だけが、火災前とてんで変わらない様子を保っていた。階段は脆く踏むと砕けたため、上階の様子は分からないが。


「偶然って線もないことはない……のか?」


 瑞樹がそうなる確率を計算しようとした――次の瞬間、全ての画面が一斉に強い光を発した。

 それ――雷はカーテンの隙間からも見え、映像が録画ではなく生放送であることを示している。


(この様子じゃ帰るまでには止みそうにないな。昨日はあんなに晴れていたのに――大型魔法の副作用か?)


 魔法の無いこの世界において、魔法が環境的に良否どちらかかは分からない。しかしもしそれが環境破壊に繋がるのなら、魔法研究は諦めるしかない。

 しかし瑞樹としては、そうなるのは避けたいところだ。


 空が光って数秒後、落雷の轟音が瑞樹の元まで届いてきた。


「何っ、今の! すっごい音!」


 それは当然ニーナの耳にも届いていて、好奇心の反応した彼女は瑞樹に詰め寄る。


「さっきの光と纏めて雷っていう自然現象で……。っていうか、見たことないのか?」

「まあ、激しい光だけなら毎日隣あってたから。ほら、一応戦地のど真ん中だったし。でも轟音は初めてかな」

「そうなのか。ま、端的に言えば強い電気だな。当たれば人が死ぬことがあるくらいだ。ほとんど無いに等しいが」


 事実死人が出ている。出てはいるが、雷が直撃する確率なんて限りなく低い。自動車での交通事故の方がよっぽど高く、歩行者も巻き込むのでより危険である。


「頑張れば魔法で再現できるかも……」


 昨日の降らせた豪雨を視野に入れると、成功するだろうなと思った瑞樹であった。避雷針の仕組みと効果まで教えねばなるまい。


「あっ、見て! 今の画面、誰がいた!」


 机上に束ねられた何かの資料をパラパラめくっていると、突然テーブルに身を乗り出したニーナが画面の一つを指さした。しかしその画面も瑞樹が振り向く頃には切り替わっている。


「この画面か。待ってろ、確認するから」


 人ぐらいいるだろう、と思うが監視カメラが映すのはこの敷地内だけだ。つまり誰かが侵入していることになる。火災のあった建物に用事――録な者ではない、と自分を棚に上げて笑う。


 手馴れた動作でマウスを操作し、ニーナの指さした画面を選択。巨大モニターの映像はそのままに、パソコンに一人の人間が映し出された。


「そう、この人。でもよく見えないや」


 カメラは古い機種であるらしく、さらに画面も小さいので大まかなシルエットしか見えない。

 それでも大体の動きは分かる。その人物はある一箇所を凝視していた。


「何処見てるんだろうね?」

「建物の方らしい。確か別カメラは……っと」


 ニーナが画面を覗き込む中、瑞樹は別アングルの物を探す。幾つもあったその中から、外壁から内側を撮っているものを選び、表示する。


「当たりだ。ここは……っ!」


 画質は悪いが、その人物の視線の先は何処であるか、はっきりと見て取れた。


 白い建物、数少ないガラス窓付きの部屋に、分厚いカーテンがかけられている。しかしカーテンの隙間からは――。


 瑞樹は背筋が凍りつくのを感じた。


 ――見られている。


 服装からして警察ではないのは明らかだ。そしてこの画質でも分かるほど、身につけている服は汚れていた。


 瑞樹は直接探るべく、カーテンに近寄る。


「ミ、ミズキ、大丈夫なの?」

「んー、どうだろうな」


 ニーナの心配声を軽く聞き流し、雨の激しい外を見る。

 そいつは雨に打たれることなんて気にしていない様子で、直立していた。


 瑞樹と目が合う。年齢の割に低い身長、日本人には見えない顔立ち。

 瑞樹はその男性を知っていた。

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