第31話 不可解な事件③
何を勘違いしたのか、迷わず焼けた観覧車を目指すニーナを引っ張り、瑞樹は本来の目的である現場に歩みを進める。
その足取りは普段の彼と比べて僅かばかり速い。
依頼地までは、遠い訳ではなければ信号待ちが長いなんてこともない。が、真っ黒な空模様というのはどうも、人を焦らせる効果があるらしい。瑞樹は現在それを、身をもって体感していた。
「チッ、降ってきたか」
雨というのは厄介で、いつも嫌なタイミングで降り始める。今回も例に漏れず、目的の建物は瑞樹の視界に収められていた。
あの後黒石は回収したため、これは魔法によるものではなく自然である……はずだ。彼女の場合、無意識の線があるので断定はできないが。
今はまだ小雨だが、これから激しくなる恐れがある。ゆっくりしてられない。
「……仕方ない、走るぞ。建物は見えてる、すぐに着く」
「ええー、傘は!?」
「その方が良い」
折り畳み傘がないことは無いのだが、開く時間と走る速度を天秤にかけた結果、走った方が効率が良いという判断だ。
その判断は的中しており、二人が敷地の入口門の元に立った途端、シャワーのような本降りにへと変わった。まさに間一髪。折り畳み傘では心許なかっただろう。
この門が恐らく正面で、その先を10メートルも歩けば玄関に辿り着く。雨は激しいが、門からはアーチ状の屋根が伸びているため濡れることはない。
付近には海浜アウトレットモールや緑の公園があるため見劣りしてしまうかもしれないが、ここ――理事長の私有地は、土地面積や外壁門で言えば立派な和風屋敷だった。
古き良き日本の伝統的建築物は、しかし理事長の好みに合わせて外壁門を除き洋風に建て替えられていた。
今はすっかり焼けて面影は残ってないが、元は全面白の巨大なダンボールのようなものだった。
華美な理事長のデザインとは思えない程の質素さだったが、その分の華美さは注意して見ると、至る所に見て取れる。
門の天井にいかにも価値あるであろう彫刻が飾られてあるのを見つけた時点で、瑞樹はここが理事長の土地だと改めて思い知った。
盗まれないための仕掛けは施されているのだろうが……それを試す気にはなれなかった。第一、本当に値のあるものかも定かでないのに、無闇に危険を犯す必要は無い。
「……本当にいないんだな。人どころか注意書きのひとつもない」
「いないって誰が?」
預かった鍵で開くか弄っていると、瑞樹のこぼした呟きをニーナが耳聰くキャッチし、それを聞き返す。鍵は正しく、カチッと解錠の音がした。
「警察と消防だ。放火強盗事件が起きれば、この一帯は関係者以外立ち入り禁止になるもんだ。普通はな。だが今はそれがない」
だからこそ内部に入れるんだがな、と苦笑する。同時にこうなると知った風だった理事長に、何か怪訝めいたものを感じた。
それとも、彼が裏で手を引いているのだろうか。そんな予測が彼の脳内を駆け巡る。
「雨が嫌で帰ったんじゃないの? ジメジメして気持ち悪いし、私も帰りたい」
「馬鹿なことは言わずに、ほら行くぞ」
えー、と文句を垂れ流しながらも、素直について行く。ニーナもこれから調べることに多少なりとも興味があった。
瑞樹はそう言うが、火災発生から数日が経過している。調査の終了または打ち切りは十分に考えられた。
開けた扉を、音を立てないように静かに閉じる。家主の許可付きなのだから堂々としていればいいのだが、やはりそこは他人の家(家というより倉庫だが)。第三者に見られたくないという気持ちが現れていた。
当初は壊れた窓から侵入するルートも視野に入れていたが、鍵を受け取った以上、泥棒まがいなことはしたくない。もっとも、玄関口が傾いて開かない場合はその限りではないが。
建物内は、目も当てられないほどに無惨な有様だった。
至る所が焦げ、塗装は剥がれ落ち、ドアや戸棚など木製のものは炭化し、もはや原型は分からない。鉄筋コンクリート造りなのだろう、天井が落ちていないだけ幸運だった。
電気も届いておらず、二人は懐中電灯を照らして進む。窓が少ない作りに加えこの悪天候、玄関を閉じれば一瞬で暗闇とかした。
「暗いな。足元に気をつけろよ」
「う、うん」
建物内は埃等細かな微粒子に満たされており、懐中電灯を照らすと薄く細い光の筋道が廊下の先まで伸びる。しかしかなりの距離があるらしく、奥までは見えない。
外観上、大きい建物であることは認知済みなのだが、玄関から奥の壁まで主な通りがあり、枝分かれされていると瑞樹は推測した。
間違いなく部屋の数は多い。扉が曲がって入れなくなっている部屋もあるだろうが、それでも調べ尽くすには少し骨が折れる。
何のための部屋なのかは分からないが、厄介な依頼人に後で一言物申そうと、脳の片隅にメモをとる。
「こうなりゃ徹底的にやってやるよ」
と諦め半分で、まずは最も近い部屋に入った。
調べると言っても瑞樹はその道の専門家では無いため、出火原因等の詳しい所までは手が及ばない。だがしかし、彼の依頼はこの事件の怪しい点を解明することであり、その他の調査は消防に任せておけばいい。
調べる段階では同じ経路を辿ることはあるだろうが、その目的は全く異なるものだった。
そして瑞樹は一つ、不可解な点を見つけた。いや、正確には二つか。
(なんでここに
それは瑞樹の見た限りでは全ての部屋にあり、見た目は同じながら、彼の持つものと同じく軽いものと体積の割には非常に重いのの二つに分けられた。
極端に軽いものと重いもの。手に取ったそのどれもがどちらかに分類され、中間はない。大きさも瑞樹のものと大差なく、若干軽い方が多く感じた。
7:3くらいだろうか。しかし外見での判断が出来ず標本調査での値のため、正確な数値ではない。
この石は石灰石のようにありふれたものではなく、しかしルビーやサファイアと言った宝石のように知名度がある訳でもない。瑞樹が知ったのもつい最近であり、こんな特徴的な石が知られていないはずがなかった。
加えて、構成成分が完全には解析出来ない。
未知の物質が含まれている、そう結論付けられても異論は出ないだろう。
そして瑞樹の認識では、その物質は魔法の発動と密接に結びついている。早いうちに規則性等を見つけられたらと思っているが、判断材料が増えるのにはまだまだ時間がかかるだろう。それまではある材料で予測・判断するしかない。
しかし確かな事柄もあるわけで。
(この事件には魔法が関わっている。なるほど、どうりで不可解な点が見つかる訳だ。ニーナを連れてきたのは正解だったか)
火災が発生したのはニーナと出会う前の日。その日に彼女がこの世界に来ていたとは考えて難い。
これでニーナに次ぐ、二人目の魔法使いの存在が浮かび上がることになる。それでも瑞樹は厄介だとは思わず、魔法の研究が
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