第30話 不可解な事件②
元気な声が、無人の公園に広がる。
その声の発生源――ニーナは、天真爛漫に黒石を天に掲げた。正直、格好いい所を見せたいという気持ちが見え見えである。
だがその際、低い枝に手を突っ込んでしまい、バリバリと枝をへし折った音がした瞬間に、黒石を引っ掛けて落として――見事なまでの失敗。
「……おい」
……見てる側も顔を覆いたくなるほどに台無しであった。
それを我慢し、足元に落ちた黒石を拾い上げる。顔を赤らめて手を差し出すニーナ。
瑞樹は嘆息し、呆れ顔で渡す。衝撃は、来ない。
「い、今の無し! それじゃあ、改めて……。私、完全復活! …………」
台詞、動作、声のトーン、その他どれをとっても差異はなく、ただ一つ失敗こそしなかったが、やり直した結果ということでイタさしか残らない。
沈黙に恥じたニーナが髪をいじり出した所で。
「さて、こんな茶番は置いといて――」
「茶番!? 酷いッ! 労いの一言くらいないの!?」
「……置いといて、本題だ。魔法の調子は?」
訊ねてみたものの、瑞樹は成功することを疑っていない。これには確認の意味合いが強い。
「う、うん、出来ると思うけど……。そうだ、どんな魔法か当ててみてよ!」
そう言うと、毎度の如く瑞樹の返事を待たずに一人、動き始める。なおニーナの動作については、観覧車中の時と同じだ。
反論し損ねた瑞樹は、黙ってそれを見守ることにする。
当てろと言われても瑞樹は魔法の専門外、よほど単純明快でなければ見分けられない。本物の魔法(とニーナは言う)を見たのは雨乞いの一回きり。
魔法の知識も十分でない中、正解を導き出すのは不可能だろう。
(問題にするんだ、難易度が低い訳が無い。俺に正解させる気はないと見た)
自分なりの余計な憶測までが加わり、瑞樹は真面目に回答する気が失せていた。ただし、これから起きることを目に焼き付けようと、じっと集中はしている。
では、何をするのか――?
「行くよ!」
その答えは、『見学』だった。
見て学ぶだけでなく、音、匂い、肌に触れる風、それらからも、微かな情報の違いを読み取る。
どんな些細な変化も逃さない。尻尾を掴めたのなら、それを引っ張り全貌を明かす。
魔法を間近で見る、これ以上ない機会だ。ものにしない瑞樹ではない。
無論、ニーナの質問には回答するつもりだ。適当に、だが。
一筋の風が吹く。
潮の香りを含む風。涼しい海風が草木を擦り合わせ、まさに初夏の到来を代弁しているようだ。
木々のすぐ先から聞こえてくる、自動車やバイクの交通音。道を歩く人は少なめだが、その数に反比例するように交通量は多い。
元々車通りの多い道路ではないのだが、晴れ天候時と比べて軽く倍近くあった。
瑞樹はそれらの発するエンジン音等、優先度の低い騒音を意図的に排除し、必ず発生するであろう魔法を待つ。
耳から脳への負担が減ったことにより、より多くの情報を瞬間的に記憶できるようになった。
――しかし。
「どう、ミズキ? 分かった?」
どれだけ思考を凝らしても――録画の如き記憶を辿っても、違いは手がかりすら、微塵も掴めなかった。
ならば魔法は嘘で、実際は失敗したのではないかと思えど、そうではないと彼の本能が訴える。
瑞樹は確かに魔法が発動すると確信した。それは勘に頼った予測でしかない。しかし今回のような強い直感は、過去に一度たりとも外れていない。
頻度こそ少ないが、瑞樹はそれを重宝していた。
(つまり、それほどまでに識別し難い魔法を選んだか。解ってはいたが……変化が無さすぎる)
せめて予備動作として、詠唱なり呪文なりがあればと思う。参考程度にはなっただろう。
間違い探し並に前後で差がなければ、お手上げ状態と言うものだ。
「さあ、どんな魔法を使ったでしょうか? 答えてみてよ。ほら、早く!」
「……分からない。ちなみに答えは?」
「正解は世界がゆっくりに感じるようになる魔法でした! あ、時間は調節出来るよ。おじさんは知覚速度がなんとかって言ってたかな、初めて教わった魔法なんだ。これが意外と便利でね、実は育ててた野菜に――」
「もういい! 分かったから。うん、確かに便利だ。もうそれは、すごく便利だ、ああ」
ニーナが暴走気味になったのを察知し、いち早く話を切り上げる瑞樹。多少強引な面は否めないが、今遮らなければいつまでも話し続ける気がした。
その映像が瑞樹の脳裏に過ぎり、軽く身震いする。
「それにしても……地味だな。魔法は成功したのか? 俺にはさっぱりだ」
「バッチリだよ! その証拠に、ミズキの声が遅く聞こえるもん。だから、もっと早口で話して!」
「……んな身勝手な。魔法を止めろよ」
「時間が来るまでは無理。んー、あと五分くらいかな」
便利という言葉は何処にか。瑞樹には不便点しか見当たらなかった。絶妙な効果時間に腹が立つも、理性で封じ込める。
たかが300秒だと腹を
しばらくすれば、約2.5倍速で話せばちょうど良いらしいと知ったのだが、その時には既に魔法の効果が切れていた。
(骨折り損とはこのことか)
無意味な努力。瑞樹は大きく息を吐き、暗い空を見上げる。いつ雨が降り始めてもおかしくない。
そろそろ移動しようとニーナに言おうとし、マイペースな彼女はそそくさと歩き始めていることに気づく。反対方向に。
方向音痴なのだろうか。しかしその自己中心的な行動に、瑞樹はもう一度大きく嘆息した。
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