第29話 不可解な事件①

 二人はすっかり話し込んでいたらしく、リビングから眺められる盛大な星空に意表をつかれた。

 研究室は暑いカーテンが閉められているので、外は見えなかったのだ。


 ここからは、学校を視野に収めることができる。

 普段は学校の威厳を示すため夜遅くまでライトアップされているが、それも午後11時まで。

 時計の針が11時半を指す今、窓から見える範囲に光源は申し訳程度しかなく、瑞樹達の天体観測を阻害するには至らなかった。


 都市の郊外の住宅街であるこの地域では、ある程度の明るさを持つ星ならば簡単に見つけられる。

 写真で見るような視界いっぱいに広がる星空は流石に見られないが、星座の位置と種類が判別が可能なくらいには、幻想的な夜景が広がっていた。


「星だ! 綺麗……」


 ニーナが小声で呟いたのを瑞樹は聞き逃さなかった――が、瑞樹はその事にふれてもいいのか、判断しかねた。

 何故ならば、その声はとても弱々しく、過去に対する悲愴感が込められていたのを感じたから。


 声をかけるか悩み抜いたすえ、しかし気の利いた一言は思いつかず。


 ただ一言「寝る準備はしてろよ」とだけ言うと、ゆっくりと風呂場に向かったのだった。



 それから30分かけて入浴を済ませる。普段はシャワーで終わらせる瑞樹からすると、倍近く入っていることになる。

 慣れないことをしたせいで、瑞樹はややのぼせてしまったと後悔する――と同時に、ニーナは一時間以上入っていたと瞬時に計算し、一人苦笑した。


「ニーナは女子だから……っていうのは、関係ないよな」


 瑞樹の頭には、実家に住む姉の姿が思い浮かんでいた。


 リビングに繋がるドアを開けると、冷たい風が湯上りの身体を冷ます。

 視線の先には、窓の縁で頬杖をついて空を見上げるニーナの姿があった。時折吹く風がニーナの髪をなびかせ、その表情が見え隠れする。


「ニーナ」

「あ、ミズキ。もう上がったんだ。早いね」

「お前からすればな。個人的には、少し長すぎた」


 そう言うとニーナの隣に立ち、天を仰ぐ。


「ニーナのいた国の夜空も綺麗だったか?」

「……分からない。空は常に魔法が飛んでたから。もしかしたら星なんて無かったのかも」

「そんなことは……ない、とは断定出来ないな。見たことがないから。ただ、星のことは知っていただろ?」

「そう、だね。この景色を見てたら、無性に懐かしくなるんだ。可笑しいよね、覚えてないのに」


 苦笑いを浮かべるニーナに、そんなことはないさとかぶりを振った。


「懐かしく感じるのは、記憶に残っている証拠だ。たとえぼんやりとしたものだろうと、そのうち思い出すさ。気長に待てばいい」

「うん、そうするよ」


 瑞樹をまっすぐ見据えるニーナは、重荷を下ろしたように吹っ切れていた。心配事が減り、安心したのだろう。瑞樹も助言した甲斐があったと言える。


「あ、待って」


 昨日に続き研究室で寝ようとする瑞樹に、ニーナが待ったをかけた。


「もう寝るの?」

「そうだが、どうかしたか?」

「今日買った物の中に寝袋があったから、ここで一緒に寝ようよ。研究室には場所ないでしょ」


 当然瑞樹は断ろうとしたが、ニーナの言葉に嘘偽りがないのは事実。そして、昨晩は机に伏して寝たが、そのせいで朝起きて身体を痛めたのも、事実。

 徹夜に慣れているので、ゼロ時間睡眠が苦痛という訳ではなかったが、どうせ眠るんなら布団が欲しいと考えていた。


「ああ、そうさせてもらう」


 色々な問題が発生しそうだが、悪魔的誘いを断りきれず、了承することとなった。


(同じ布団じゃないだけまだマシか。それよりも、もう一部屋借りるべきだな。この家が不便だと感じたのは、これが初めてだ)


 とはいえこのアパートには空き部屋がないので、暫くはこのままでいることを覚悟した。

 それがいつまでかは分からない。が、瑞樹は近くに引っ越すことを検討するくらい、このことを問題視していた。


 客観的に見て、自分の行いは非難されないか。


 瑞樹は誰かに口出しされることが嫌いだ。だからこれは結構重要な個人議論だったりする。


 そしてこの議論で「そもそも同棲してる時点で同じじゃね?」という結論に至った頃には、ニーナの寝息が聞こえていた。



 ☆☆☆☆☆



 翌日、瑞樹とニーナは再び『緑の公園』に来ていた。


 問題の建物が公園の目と鼻の先なのもあるが、まっすぐ向かわずあえて立ち寄ったのは、先日ニーナが言ったことを実証するためだ。

 すなわち、魔法の検証実験である。


 周囲に人がいる状態では実施出来ず延期になっていたが、幸いにも、この日は朝から悪天候だ。

 黒く分厚い雲が空を覆い、今にも雨が降り出しそうだ。その影響で屋外であるこの公園に、二人以外の人物はいない。


 仮に検証が成功したとして、この状況下において見られる可能性はほぼ無いに等しいが、念には念をと、瑞樹は木々の陰に移動する。

 これで、万に一つも見つかることはないはずだ。


「早く石、ちょうだい! もう待てないよー!」


 一日前と異なり、ニーナが気だるそうにする様子はない。景色の慣れか、酔いの克服か。そのどちらかだとして、例の魔法的な何かは関係しているのか――。瑞樹の探究心は収まる所を知らない。


「最後に確認だが、今はまだ魔法は使えないんだな?」


 おもむろに訊ねると、探るように手を突き出したニーナが首肯するのを見て、ポケットから黒石を取り出した。


 広げられたてのひら。その白く小さい肌に黒石が触れた、まさにその瞬間――。


 黒石を通じて確固たる実体を持った、しかし視覚することの出来ない何かが瑞樹を飲み込んだ。

 ……と言うのは瑞樹の感覚的なもの。触れた箇所から電撃の如く流れてくる。


(……またか。もしかして、とは思ったが……)


 彼はこの奇妙な感覚に覚えがあった。そう、ちょうど先日、瑞樹だけが感じたものと同じ。


 そしてその衝撃は、少し遅れてニーナにももたらされた。


 それが止んだとき、不思議と瑞樹は確信を得ていた。魔法は使えるのだな、と。


 そして、予知に応じるようにニーナが叫んだ。


「来た! 私、完・全・復・活!!」

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