第26話 解明の兆し③
逃げるように学校を後にした瑞樹は、星の見える夜空の下、まっすぐ帰宅する。
彼の住むアパートは古く、敷地内に光源はない。
だから夜中に外に出る時は、懐中電灯が必須だった。
……朝までは。
「これはまた、随分と派手なデザインを……」
壊れた階段は修理を通り越して、建て直した風さえあった。
確かに元が腐りかけた木だ、補強するよりも建て直した方が安いのは明白だ。
新たな階段も木造だが手すりがあり、前のと比べても遥かに頑丈そうだ。間違っても踏み抜くことは出来ないだろう。
ついでとばかりに、階段は電灯や蛍光灯が取り付けられている。
「新しくなったのはいい事だが……。せめて色彩は合わせて欲しかったな」
「なんか……目立つね」
白を基準としたそれは、やや暗めの外壁には合っていなかった。遊園地のアトラクションなら真っ先に目が行きそうだが、アパートに注意を引く必要は無い。
恐らく、大家が階段をパーツとして発注したのだろう。そして見事、発注ミスが起こったのだ。
(業者の人も気づけよ)
そうは思えど、彼らはそれが仕事なのだから何も悪くない。
瑞樹としては、いっその事建物ごと再建して欲しい所だった。とはいえ、その期間は別の場所に住む必要があるので、時間的にも無理だろう。
火災が起こった理事長宅ではなくここならば、また変わったのかも知れないが。
しかし、そうなれば困るのは瑞樹だ。彼の家には大量の精密機器があり、一度壊れたら全て揃えるのは困難なのだから。
結局のところ、今のままで十分だった。
誰にも遭遇することなく家に帰りついた瑞樹は、狭い部屋の角に袋を置くと、疲れた様子で壁にもたれ掛かる。
ニーナの顔には一切疲労が見られないが、大魔法後の様子を見るに、疲れているだろう。あの程度の休息で身体が休まるはずがなかった。
机を挟み、二人は向かい合って座る。
ニーナは小柄だが、瑞樹の方は第二次性徴期を終え、成人男性と相違ない程度には成長している。
畳まれた布団と机のある、六畳の部屋は、少々手狭だった。買ってきたものが部屋の一部を占領したのも大きい。
「ミズキー、お腹減ったー。何か作って!」
「それもそうだな、ちょっと待ってろ」
やがてあまりの退屈に耐えられなくなったニーナが、おもむろに立ち上がると宣言する。
腹の虫が泣き始めたのを自覚した瑞樹は、その言葉に背中を押されるように、キッチンに向かった。
「ねえ、お風呂に入っても良い?」
食後、食器の片付けをしていた瑞樹に、風呂に入りたいとニーナが言った。
余程気に入ったのだろうか、瞳を輝かせている。
理由がどうであれ、瑞樹に断る理由はない。
「それはいいが、着替えの服……」
忘れるなよ、そう言おうと振り向き、既にニーナは両手に抱えていることに気がついた。
「――は、あるみたいだな。風呂は沸いてるか?」
「うん! さっき確認したから!」
それほどまでに、楽しみなのだ。瑞樹が頷くと、ニーナは浴場にかけて行った。
食器を洗い終え、洗面所の扉が閉まっていることを確認した瑞樹は、ポケットに入れていた黒石を取り出す。
観覧車の近くに落ちてきた物だ。
拳大ほどの大きさがありながら、質量は小さく無いに等しいため、持ち帰ったことを忘れたほどだ。
明らかに普通の石ではないが、ただ硬くて軽い物質ならいくらでも存在する。拾った時は、不思議な石だと感じる程度だった。
それが、今はじっくりと解析すべきだと考えている。
理由は単純、魔法に関わる要素を含んでいる可能性があるから。
瑞樹がコンロの前に立ち晩飯を作っている最中、ポケットの中でそれは熱を発した。何の前触れもなく、唐突に。
火傷を負うような灼熱なものではなく、衣類を通して僅かに熱が伝わる程度。
しかしそれが、コンロの熱が伝わったものではないのは明白だった。ポケット自体は熱くなっていないのだ。
――気になるな。
食事中も黒石のことが気になってしかながない。
こうなると、何がなんでも調べ尽くすのが瑞樹という人物だ。
やがて蛇口を止めると、黒石を握りしめ、研究室に入るのだった。
電気を付け、押入れの奥から一辺五十センチメートルほどの立方体の箱を取り出す。更にその中から、一回りほど小さい機材を外へ出した。
机上にあるのは、昨晩使用した機器と、それに接続しているパソコン。それと山のように積み重なっているプリント類だが……学校で貰ってくるもののため、重要性は薄い。
この機器をケーブルを使い、取り出した機材に取り付けると電源を入れ、円形に凹んだ場所に黒石を丁寧に置いた。
この機材は、中に入れた物質に含まれる成分を読み取るもので、中に入る大きさのものであれば表面だけでなく、内部までもスキャンすることができる。
あまりに密度が大きければ光線が遮断されてしまうが、基本的に地球上のあらゆる物質に対応するよう設計されており、長軸が十センチを超えなければ解析可能だった。それを超えると、そもそも入れることが出来なくなるのだ。
この機材を含め、この部屋にあるももは全て同一の企業で生成されており、瑞樹の特注品だ。実は瑞樹も少々開発に携わっていたりする。
「さて、上手く稼働させることは出来た。あとは結果がどう出るか……」
昨晩調べたのは、空気中に含まれる成分とその割合。その結果は、教科書に乗っている分子名が、教科書の通りに現れていた。
それは、瑞樹にとって好ましいものではない。
しかしそんなことでは凹まない。上手くいかなかったと一々気にしていたら、科学者は務まらないのだから。
今回調べるのは、その固体バージョンだ。
スキャンが完了するまでのそこそこ長い時間、瑞樹はパソコンの画面に写る、心電図のよう波をぼんやりと見続ける。
スキャン中であることを示す波で、波自体には特に意味は無い。ただの時間潰しだ。
他にすべきことがないこともないが……今は、それらを行う気にはなれなかった。
やがてピーッと鳴る甲高い電子音と共に、画面に成分名が書き連ねられる。
二酸化ケイ素、炭酸カルシウム、etc.
瑞樹の予想と裏腹に、それには数多くの化合物が混淆しており、スクロールしなければ全て確認することが出来ないほどだ。
割合を見ても、そこら中に転がっている石ころと似通っている。
漆黒の見た目はともかく、表示されたデータだけを見れば、普通の岩石と言ってもいい。……但し、一部を除いて。
「ふむ、計測ミスか?」
画面の下の方に表示されたそれは、パーセンテージ以外の部分――名称や化学式等――が、黒丸で埋め尽くされていた。
たかが1%ではあるが、見過ごせない。再び解析することにする。しかし結果は変わらない。黒く塗りつぶされたままだ。
こんなことが起こりうるのは、解析ミスでなければ、成分が解析できなかった場合のみだ。そして解析ミスならば、一度やり直せば正常に結果が出る。
即ちこれは、地球上にない物質が含まれているということだ。これこそが、瑞樹の望んだもの。
「この1%が重要になるな。本来の性質からかけ離れ過ぎている」
これが魔法と関わっているのは、ほぼ確信めいている。しかし断定出来ないため、そうであると仮定した上で、研究を進める。
瑞樹の研究は、更に深いところまで潜っていく。
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