第25話 解明の兆し②
「要件? 何の事だね?」
「とぼけるな。あるだろう、ヘリコプターの緊急着陸の件等で。少なくとも今までの話だけなら、昨日話せばよかったはずだ」
なければないで颯爽と帰るつもりなので、望んでいる訳では無い。
ただ瑞樹は、理事長が何かを隠しているように思えて、仕方がない。得体の知れない気持ち悪さ……とまでは行かないが、良い気分とは正反対だ。
「ああ、ヘリの件は気にしなくて良いよ。生徒が困っていたら助けるのは、教師として当然の行為だ。見返りの要求なんてしないよ」
「どの口が言う。ついさっきまでは、自分は教師ではないと言い放ってた癖に」
「ははは、よく聞いてたね」
白々しい態度に、やはり今すぐ帰ってやろうかと思う。
本題に入る気がないようだし、むしろ話を引き伸ばしている節がある。
これ以上部屋に留まるのをやめた瑞樹は、隠すつもりもないので堂々と扉を開けようと、ノブに手をかけ。
「彼女は何者だい?」
ほんの一瞬、瑞樹は全身の筋肉が硬直した――感覚に陥った。
「……親戚の子だ。今朝、家にやって来た」
振り返ることなく告げる。
それは、喜多嶋達に説明したのと同じ設定。
あまりに咄嗟の出来事で、設定に綻びがないか煮詰める時間も虚しく、そう口にするしかなかった。
しかし口に出してすぐ、案外矛盾点はなく――起こりうる確率は別だが――悪くないものだと感じた。
その確率も、他人と多くを関わろうとしない瑞樹の性格上、知人や恋人と言うよりも高いものとなっている。
「日本人には見えないのだけど?」
「日本人じゃないからな」
「外国人の親戚かい? 日本語を話しているようだったけど」
「日本が好きなんだよ」
「……そういう事にしておくよ」
だが真実の前には、確率なんて意味をなさない。
瑞樹の嘘を見抜いた訳ではなかったが、理事長はそれが真実ではないと、看破しているようだった。
たとえ嘘だと知られても、瑞樹は事実だと言い貫き通すつもりだ。嘘であるという証拠を見せられるまでは。
それまでは、口を割るつもりは無い。
「そうだ、それともう一つ」
このタイミングで何らかの質問がくることを覚悟していた瑞樹は、ほっと息をつくと同時に、拍子抜けした。
反射的に体を九十度回し、理事長を視界に収める――途端、瑞樹に何かが投げられる。
「……?」
金属らしく、光を反射し特有の光沢を放ちつつ直進するそれは、豪速球ではないものの、至近距離に置いては十分速い。が、瑞樹はそれを片手で難なく掴む。
パシッ! と気持ちの良い音が鳴り、掴んだ右手がピリピリと痛む。見るとそれは、どこかの鍵のようだ。
南京錠のような小さなものではなく、家の鍵ほどの、そこそこの大きさがあった。幾つかが束ねられて。
ストラップのつもりか、それぞれに数字の打たれた小さな板が付いている。
「…………」
言葉に出さないが、これは何だ、と視線が語っている。
「燃やされた家の鍵だよ。本当は昨日渡すつもりだったんだけどね、うっかりしてたよ。君の家に電話したはずだけど」
画面を開いて自宅の固定電話とペアリングすると、本当だ、理事長からの留守電がある。
しかし、かかってきたのは瑞樹達が家を出た後。瑞樹が情報を知らないのも当然だ。
「調査に必要だと思ったからね。あった方が便利だろう?」
確かに鍵がなければ周辺しか調べられないだろうし、中に入るにしろ、警察の調査中だろうから簡単にはいかない。
と言うか、鍵があった所で一般人が現場に入れるはずがないのだから、便利不便以前に、無用なものだ。
「心配は要らないよ、明日は誰もいないだろうからね。存分に調べたまえ」
理事長は瑞樹の心を読み取ったのか、どこで仕入れたのか不明の情報で諭す。
何故そんなことが分かるのか?
仮に伝手を通じて情報を得たとし、誰もいないなんてことがあるのか。それは瑞樹にとって、都合の良すぎる展開だった。
何か裏があるのでは、と身構えてしまうのも無理はない。それを口にしたのがこの理事長なのだから、瑞樹の不安は駆り立てられる一方。
もはや彼が何を言おうとそれは瑞樹の不安材料にしかならず、瑞樹も悩みの種を撒かれるのは避けたい。
それに、迂闊に信じられるような話でもない。
「とりあえず、俺はもう行く。いいな」
四の五の言わせぬ勢いで言い放すと、返答を待たずに扉を開いた。
バタンと扉が閉められる頃には室内は静寂に包まれ、あたかも、
「やれやれ」
瑞樹が出ていった扉の中央を眺めながら、理事長は一人、ため息まじりに呟く。
その声は囁き声よりも小さく、それでいて彼自身も聴き逃すほどに、細い。
しかし静けさに満たされた部屋の中では、明瞭に彼の耳まで届く。やや俯き、前髪で隠れた表情は計り知れない。
「何のつもりだったんだ? あの狸親父め」
部屋を後にした瑞樹は、扉が閉まりきっていないに関わらず、内心を吐露する。
罵倒を隠す気がないのか、声を潜めることはしない。
幸いなのは、セリフが扉の閉まる音と重なったため、理事長に聞かれることはなかったことだ。瑞樹は別に、聞かれても問題ないと考えていたが。
「いいの? そんなこと言って。偉い人なんでしょ?」
「偉い? いいや、あれはただのエゴイストだ。あいつに払う敬意なんて、俺は持っていない」
それでも一つの学校のトップと、なまじ権力を有している。
利己主義者に権力。
これにより独裁が生まれる。
絶対に掛けてはいけない組み合わせだった。
社会的には大きな影響力かある訳では無いが、学校という狭い範囲の中では、疑う余地もなく支配者だ。
今はまだ瑞樹以外には平等な立場を取っているが、いつまでも続くとは考えにくい。その予兆こそが、瑞樹への接遇なのだから。
「ま、関わらないのが一番なんだがな、難しいだろうが。それと、お前のことは親戚だと言っておいた。頭に入れていてくれ」
ニーナには、理事長がそれを疑っていることを、隠すことにした。
主に、彼女に余計な心配をかけないために。
だがそれも、彼女の澄んだ瞳を見れば、無用なものではないかと思えてくる。本当に無用ならどれだけ良いことか……。
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