第22話 天空の風車⑤

「見てミズキ! 私たち、空を飛んでるよ!」

「ああ、飛んでるな」


 ヘリが進み初めてからは、やはりと言うか、ニーナのテンションが最高潮に達していた。

 その様子は彼女のセリフからも明らかで、真横に座る瑞樹としてはうるさいことこの上なかった。


 二人の間の温度差が著しい。見えない隔たりでもあるようだ。


「もしかしてこっちの世界にも飛翔魔法があったりする? 魔法は使えないはずなのに」


 口元にそっと手を当て、瑞樹以外に聞こえないように耳打ちする。


「飛翔魔法? 残念だが、一切魔法要素は含まれていないぞ。ま、製造された当初は魔法のように思えたんだろうな」


 瑞樹は飛翔魔法とは何か、何一つ情報がない。

 しかし読んで字のごとく空を飛び回る魔法だろうと解釈し――事実、瑞樹の想像通りのものだった。


 今し方ニーナが放った魔法のように特段強い影響を与えるものではなく、しかしながら悪影響を及ぼすこともないため、彼女のいた世界では極めて稀にだが目にすることが出来た。

 便利なのだ。


 上位の魔法であるためそれ相応の技術を要するが、センスのある人がコツを掴めばすぐに習熟する。


 ただし浮力の概念が存在しないため、初期でつまずく人が大多数を占める。おまけに建物も圧倒的高さを誇ることも無い。

 目立つのだ、宙にいると。


 なかなか遭遇する事のないのは、このせいだ。


 なお、ニーナも初期段階でつまずいた人のひとりだ。

 どれだけ秀でた才能があろうと、イメージ出来ない現象を引き起こすのは無理だった。

 飛翔魔法のことを知ったのは抑留されてからで、成功したのことも成功例を見たこともなかった。


 初めての無力感。

 自分には無理だと挫折してしまったからこそ――今となっては立ち直れているが――激しく動揺し絶望し、空に憧れた。


「っ!」


 当時の苦渋を思い出し、苦虫を噛み潰したような顔になるニーナだが、別のことを考えることで荒ぶる感情を押さえつける。


 瑞樹ほその変化に気がついたようだが、何も追求して来なかったのが幸いだ。


(でも、どこに向かってるんだろう?)


 彼らを乗せるヘリがある一点に向けて直進しているのはわかるが、ニーナにはその場所がどこかなんて想像出来なかった。


 観覧車よりもずっと高い所を飛行しているため地上はミニチュアのように小さく、しかしどこまでも終わりなく続く。雲間から高層ビルが増えて行くのが見て取れた。


 ヘリの進む速度に変化はなく、目的地を隠匿するためかは不明だが雲の上を飛行している。


 瑞樹に目的地を尋ねようとしたニーナは、自分が分からないのに同時に乗った瑞樹に分かるはずがないと、問いかけるのを躊躇う。


 ……のだが、進行速度と方位、うっすらと見覚えのある景色から、瑞樹はおおよその当たりをつけていた。

 そしてその延長線上にはめぼしい施設がないと判断するや、運転手に申し入れる。


「もしかして総合病院に向かってます? 外れていたらすいません」

「当たっているけど、よく分かったね」

「ええ、まあ。この先に着陸出来そうな場所は、そこしか思い当たりませんでしたので。それで、一つ頼みというか、良いですか?」


 操縦中で振り向けないので表情の確認はできないが、一発で図星をついた瑞樹に舌を巻いていたのか、その声音には驚愕の色が混ざっていた。


 「なんだい」と先を促され、瑞樹は聴き逃しのないよう、ハッキリと言葉を紡いだ。


「病院まで行かず、どこかで降ろしてもらえませんか? 自分達にも予定がありますので……。遅れるわけにはいかないんですよ」


 予定とは晩飯の支度や部屋の片付けなど、重要度の低いもののみ。

 つまり予定がないのと同意味だが、予定があると言ったのは病院に行かないための言い訳であり、最も正当性を伝えられる手段だった。


 勿論、それに準ずる理由はある。

 それはニーナの戸籍が存在していないことであり、病院に行くのだ、個人情報は必須だ。


 外国人の振りをするはするで、パスポートがないから不法入国を疑われる。

 中に入ってすぐ出るのは、救助隊が同行する可能性がある以上、無謀な策だろう。


 帰するところ、病院に行くのは避けたいところだった。


 しかし物事がそう上手く進むことは決してない。


「難しいかな……。利用許可の出てるヘリポートがあそこだけなんだよ。我々の来た消防署に向かってもいいが、遠いぞ。交通の便も悪いしね」


 ヘリコプターはどこでも自由に離着陸できる訳では無い。

 近づくと分かるが、まず轟音が激しく、そのせいで民家の近くは無理だ。

 さらに意外にも巨体のため、都市部ではスペースの問題もある。

 かと言って、スペースがあるからと許可もなく他人の敷地にヘリを降下させる訳にもいかない。


 つまり、病院か消防署の二択を選べという事だ。


「許可が出ればいいんですね?」


 しかし瑞樹は、この選択に異議を申し立てた。


「え? あ、ああ。そうなるね。でもそう簡単に得られるものではないよ?」

「そうでしょうね」


 瑞樹は彼の通う学校に、何度もヘリが離着陸しているのを知っている。

 その理由を理事長に問うても教えてくれなかったが、ヘリの離着陸が可能であることに変わりはない。


 頼まれた捜査のために交換した連絡先。

 今も作り込まれた部屋の高級椅子に足を組み、傲然と資料に目を通している姿を予測した瑞樹は、躊躇なく通話ボタンを押す。


 スピーカーに切り替え、数回のコール音の後。


『やあ、どうしたのかね。調査は順調かい?』


 感情のこもっていない、無機質な声がスマホを通じて聞こえてくる。


「緊急事態だ。今すぐ学校にヘリを着陸できるようにしてくれ。許可を」

『許可と言われても、何があったのかな? 説明してくれないと――』

「後にしてくれ。調査中の出来事のようなものだ、依頼主にも責任がつくだろう」

『確かにそうだが……どうしたものか』


 やはり面倒臭い奴だ、と内心で悪態をつく。


 これなら病院に行った方がよかったか? そう思い始めた。


 お願いする立場ではあるが、瑞樹は礼をわきまえるつもりは無い。普段通りだ。


「……頼むぞ」


 だが、上から目線ながらも「お願い」の言葉を発した瑞樹に、理事長は何を思ったのか。


『うん、そうだね……許可しよう』


 議論が長引くと予想したニーナを除く四人は、その言葉に呆気にとられた。


 そしていち早く理性を取り戻した瑞樹は、学校に向かうよう、操縦者に頼むのだった。

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