第21話 天空の風車④
瑞樹はある程度の常識外なことが起こると予想出来ていたのだが、まさかここまで広範囲に効果が及ぶとは思っていなかった。
しかしそれは魔法の影響下に入った地域についてだ。
雨が降り始めた段階で、彼の脳内では滝と大差ない水量の雨に打たれる観覧車の姿が浮かび始めた。
ニーナの魔法に驚いたのもその人外さにではなく、予想と真逆に位置する結果によるものだった。
「あれが魔法……。あんなのが交錯してるとか、そっちの世界じゃ天気も息付く暇がないな」
「そんなことないよ。あの規模なら一回で鍵がダメになる人もいるんだから。一般じゃグラスに水を注ぐ程度だよ」
無制限に魔法を使えるニーナですら回復の追いつかない疲労を負う魔法。
確かに彼女の反動がこれでは常人には雲の上の存在だろう。
しかし全く不可能という事はなく、確かな技術を習得した人物がこれから魔法使いとしての人生と引き換えに、一度だけなら使用可能だ。
魔法が使えなくなる。
簡単なものだが魔法が生活の大部分を支える世界では、あまりに致命的すぎる欠点だった。
70から80歳までに衰え使用できなくなる魔法だが、平均寿命がそれを一回りも下回る世界では問題とされていない。
結果的に全ての人間が魔法が使える世界で、魔法が使えないというのは差別の要因にもなり得た。
いくら強力な魔法を求める戦争でも、魔法使いという戦力を失う訳にはいかない。魔法が主な攻撃法となる戦では、魔法使いの数が減ると敵の迫撃に対抗できなくなる。
両サイドの指揮官も、それを軽く命じられるほど倫理がない人物ではない。
だからある種の自爆である最終兵器の投入にも、定的でないものの、肯定的とは言えないものだった。
「ごめんね、雨を降らせるくらいしか出来なくて。制限が掛かったみたい……。でも頑張ればまだ使え――」
「いいや、もう良いよ。疲れたんだろ? ゆっくり休んでおけ」
瑞樹は新品のバスタオルを取り出すと、派手に濡れたニーナにかぶせる。
確かに消火は済んでいるが、観覧車は回転を止めたままだ。ニーナはそれに満足行かなかったらしい。
しかし、魔法の使用が難しくなった今、修復の順序を知らない彼女が簡単に行えることではない。
「あとは救助が来るのを待とうぜ。命在るだけ良いじゃないか」
その言葉は、一足先に夢の世界に入っていったニーナには届かなかった。
一つの危機が去り一時の平安を手に入れた瑞樹は、更なる危険が迫らないことを信じて待つ。次なる危機に対抗する
耳を澄ませば幾つものサイレンが近づいてくるのが聞こえる。
パトカーに救急車、そして消防車。しばらくすると、瑞樹達から見える範囲に入ってきた。
しっかりと御三家が揃う光景は、意外と稀なものだ。滅多に目できるものではない。
消防員は火が消え役割が無くなったことに驚いただろうが……まあ、瑞樹達と他にいるかも知れない乗客を梯子で助け出すくらいは可能だ。
生き残った火がないか消防員は念入りに調べると、満を持して
(というか、届くのか? あれ)
慌てたところで仕方がないと、のんびりと様子を窺っていた瑞樹はそんなことを考えながら頬杖をついていた。
この観覧車は、一般的な消防車の梯子よりも断然高い。下手しい二台分を重ねてもまだ届かない位の高さがある。
案の定、梯子は三分の一程の所にいた親子の救出には成功したが、 それ以上の高度に登ることはなかった。
現在観覧車の受付にいた青年が、瑞樹達の乗るゴンドラが最頂部にいることを伝えている。
それを聞いた消防員は迅速に本部に連絡を入れると、ヘリコプターの動員を要請した。
初めからこうすれば良かったなどとは言えない。
ヘリコプターは簡単に出動できるものでは無いし、それが待機している場所はだいぶ離れた地点だった。
(ああ、これは長くなるパターンのやつだ。ここから出られるのはまだ先になりそうだな)
上空の見える範囲にヘリコプターが来ていないのを確認した瑞樹は、袋からタオルを取り出し濡れた部分を拭くと、ニーナ同様瞳を閉じた。
上部から騒音のごとく鳴り響くヘリコプターのエンジン音とプロペラが空気を切る音、そして生じた下降気流が瑞樹にぶつかり、彼の意識は引き戻された。
ようやく救助隊が駆けつけたようで、瑞樹達が観覧車に乗り込んでから一時間後の事だ。
発生した風は強く、雨で服が濡れた瑞樹は風を受けて若干の寒気を感じていた。
「ニーナ、起きろ。ようやく出られそうだぞ」
「んー、あと五分ー。せっかくの睡眠時間だから」
「いいから戻って来い。帰ったらいくらでも寝れるだろう。それまでの辛抱だ」
よくもこんな所で、と無神経なニーナに呆れつつも、自身も同じ空間で眠っていたため何も言えない瑞樹は、背伸びして眠気を覚ますと冷えた両手でニーナの頬を挟む。
瑞樹と違い、ニーナの身体はほんのりと暖かい。
露出が多く、夏だからと言って水に濡れたままその格好でいたら寒さを感じるはずだが……。
寒さの概念を知らないのか、しかしひんやりと冷たい手を当てられると条件反射的に目を見開き、怪訝な表情になる。
ニーナは寒さには強いらしい。
子供は風の子と言うが、瑞樹がぱっと思いついた言葉はそれだった。真夏に考えることではないが。
「大丈夫ですか! 怪我はありませんか!?」
ヘリコプターから梯子に掴まり降りてきた救助隊が、天井の窓から声をかける。
「!?」
いきなりの登場に、分かりやすく驚愕を露わにしたのはやはりニーナだ。
救助が来ることは知っていたはずだが……。それとも寝起きで意識がぱっとしないのか、少々鈍感になっているようだ。
瑞樹の目覚めの原因であるヘリコプターの騒音も、ニーナにとっては蚊帳の外、睡眠妨害にはなり得なかったらしい。
「問題ありません。お願いします」
眠たいのは、この場ではどうでもいい。ニーナの睡眠欲だって、いざヘリに乗ってしまえば好奇心で吹き飛ぶに違いない。
吊るされてきた命綱付きジャンパーに腕を通すと、正面でチャックと差し込みバックルで二重に固定する。
梯子を登らなくとも命綱は引き上げが可能で、二人は何の抵抗もできない状態で、風船の如く宙を上昇していった。勿論救助隊の手助けはあったが。
二人が乗り込んだと同時に、救助隊の一人が瑞樹の買ったものを巨大な布袋に詰めて座席に置く。
「あ、有難うございます」
翌日再び買い直すことを考えていた瑞樹としては、思わぬ幸運だ。
袋のサイズ的に、窓から出入りできる大きさではない。
ゴンドラ扉が内側に破壊されていたのを、瑞樹は見ていないことにした。
そして全員が乗り込み自動扉が閉まると、ゆっくりと観覧車から離れていった。
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