第12話 海浜アウトレットモール①
朝早くに家を出て、到着したのはその三十分後。太陽の高度が上がるにつれ気温も高くなっていくがまだまだ涼しいくらい。
日差しは眩しいがそれも建物の中にいれば気になることもない。
そして現在瑞樹達二人は、北エリアの一角、フードコートに来ていた。
小腹がすいてきたのもあるが、ニーナが是非行きたいと強引に引っ張ったのが大きな理由だ。昼食には少し早いが人が少ないという点では、ナイスタイミングだったといえる。
が、問題がなかったとは到底断言できず――。
昼過ぎには買い物を終わらせ、買ったものはロッカーに預けてそのまま理事長の依頼をこなす予定だった。
場所もここから徒歩五分と、遠くない。
だがその予定も、瑞樹の誤算で大きく狂うこととなった。
数時間買い物を続けていくつもの店を巡ったが、荷物はない。正確には、初めからニーナの身につけていた服のみ。
買ったものはすべてニーナが試着室で着替えたからだ。
正直なところ、瑞樹は女性の買い物の長さと言うものを舐めていた。
知識としてはあったのだが、実際に体感したのはこれが初めてだ。
そしてこの性質に関しては日本人独自のものではなく、全世界共通だった。文字通り、異なる世界で生まれ育った者でも。
長い時間をかけたお陰か、ニーナは見間違えるほど綺麗になった。
ファッションの効果は絶大だ。瑞樹の服を着ただけだと微かな違和感がどうしても拭えなかったが、じっくり選び抜かれたものは違和感などを一切感じさせなかった。
素の素材がいいからだろう、ニーナは何を着ても似合っていた。
だが、言わばダイヤの原石。相応しい服を着ることで化けた。
あまりの美しさに言葉を失ったほどだ。
長時間の塾考に見合った完成品、もはや作品とも言える見栄えだった。
すれ違うもの皆彼女を振り返る。
……こんなニーナにくっつかれている瑞樹の苦労は、伺い知れる。席に座った瞬間の瑞樹は、今にも死にそうな様子であった。
中には2・3度見する者もいたが、ニーナの美貌に見とれてか、公衆の面前で戯れる二人の場違いさに唖然としたせいか。別の理由があってもおかしくない。
「ご飯まだー? ミズキってば、いつまで寝てるの? なくなっちゃうよ!」
テーブルに倒れ臥す瑞樹に、空腹に訴えられたニーナが問う。
ニーナは非常に単純で、思うがまま、自由奔放に生きている。自重を知らず、思ったことはすべて口にする。
瑞樹をねぎらう気持ちはない。
(なくなるわけないだろ! これから人が増える時間帯なのに)
そんな言葉が喉まで出かかるがそんな気力は残っておらず、空気となって拡散する。
一秒でも長く体力・精神力の回復に努めれるよう脳からの指示だ。その割には睡眠を行わないのは瑞樹が抗っているから。
ここで眠ったら朝まで起きられなくなるだろう。そのことは彼が一番わかっていた。
「なら私だけ先に買ってきてもいい? 方法はずっと見てたから、それと一緒でしょ。お金ちょうだい」
ニーナに任せても大丈夫なのかと思いはしたが、瑞樹が歩けるようになるのはまだ先だろうし、ニーナを待たせるのも機嫌が悪くなる一方。
こうなった瑞樹に選択肢などない。
注意する気にもならず、無意識にポケットから財布を取り出す。
(もうどうなってもいいや)
自嘲気味にそう考える。ニーナが事故を起こさないよう、信じることしかできない。信じていない。それすらも諦めている。
脳内を埋め尽くす、諦観の念。
今の瑞樹は、非常に無力だった。
「フンフーン♪」
瑞樹から財布を受け取り満足そうに鼻歌を歌いながら駆けていく音だけが、いつまでも瑞樹の耳へと聞こえてくる。
ようやく一人になれたと安心しきったせいか、瑞樹は睡魔に対抗するのを忘れ、ゆっくりと瞳を閉じていった。
「いでっ! なんだ!?」
十分後、瑞樹が目を覚ました原因となったのは、彼の後頭部に軽い衝撃が走ったことだった。
何か柔らかいものが高速でぶつかってきたような感覚。
「怪我は……してるわけないか。でもなんだ?」
抑えた手のひらを開いたのは、どちらかというと人間の本能に近い。見たのは単なる確認だ。
ニーナがやらかしたのか!? と思ったのも一瞬のこと。辺りを見回しても彼女の姿はない。
あの目立つ金髪を見間違えるはずとなく、どの飲食店にも並んでいないことに驚いたほどだ。
その代わりと言う訳ではないのだが、瑞樹の足元にはオレンジ色のボールが転がっていた。
拳大のボールはどうやらゴム素材のようで、大した硬さはない。が、速度が速ければ破壊力は出る。
瑞樹に衝突したのはこれで間違いない。
(でもどこから……)
天井からの自由落下程度じゃ当たったところで屁でもない。
誰かが投げたのは確定で良いだろうが、その犯人がどこにもいないとなれば悪質な……。
「おーい! すみませーん!!」
「……あいつらか」
奥の食品売り場から全速力で向かってくる人影を発見した。
まだかなりの距離があり、姿が小さく見えそれがどのような人物か見分けられない。
しかし瑞樹には、その走る様子がよく知る人物のものとそっくりなことに気がついた。
そして、彼らが近づいてくるにつれて瑞樹はさらに確信する。
「すいません、大丈夫ですか……って、瑞樹じゃねぇかー!! お前なら大丈夫か」
「怪我とは無縁だもんな」
「むしろ死ななさそう」
「お前ら……馬鹿か。俺なら大丈夫ってどんな差別だ。俺をなんだと思ってる。それと、俺でも怪我くらいはするぞ」
やってきたのは瑞樹のクラスメイト、喜多嶋含む思考回路のぶっ飛んだ三人。通称お馬鹿トリオだ。
普段通りの馬鹿っぷりに、呆れることでさえ面倒だと思うようになった。何を言っても無駄なものは無駄なのだ。
いつも通りすぎてむしろ安心したくらいだ。
「――とか言ってるけど、お前ら瑞樹が怪我したところを見たことあるか? 参考までに、俺は過去一度もない!」
「うわっ、まじかよ。なら俺が見れたはずもねぇな」
「ほら、あれだよ。危険も全部計算して避けてるんだ。ギリギリ当たらなーい、とかするために」
「揃いも揃って人を超人扱いして……。実演するのにどれだけ苦労するか、考えたくもない」
不可能だと断定しない点は流石の一言に尽きる。
「超人というか、もはや化け物だろ」
聞こえるか聞こえないかくらいの小声で、お馬鹿トリオの一人――五十嵐大雅が口籠る。
彼は喜多嶋と同じ野球部にて幽霊部員をしており、平均よりやや小柄だ。集まった四人の中では、最も背が低い。
成長が遅いのだろう、地声も高く滑舌が良い。
だが今回はそれが不幸に傾いた。
言葉が聞き取りやすすぎるせいで、一言一句違わず三人の耳に届いてしまい。
「あ"?」
「同感。全国一位を何度も取るやつが普通な訳ないよな」
瑞樹とトリオの最後、矢津智也が同時に発言した。
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