第11話 新たな生活で⑤

「ねえ、これどうしたらいいの?」


 手にボトルを保持したまま、瑞樹に渡したものと見比べて言う。


「魔法さえ使えたらなぁ」


 ニーナはこれまで燃えるゴミはすべて焼却処分、燃えないものも可能な限り魔法で圧縮し、一箇所に集めていた。

 燃やすのも当然魔法を使ってだ。


 だから魔法の使えない彼女は、この場ではゴミをどうすることもできなかった。


 薄々その辺の事情を察した瑞樹は、なんの文句も口にすることなく受け取る。


 両手に空ボトルを握りしめた瑞樹はたった数十秒前のニーナを思い出し、


「気分は良くなったか? 店はすぐそこだ、歩くぞ」

「ん。行こっか」


 片手に二本のボトルを持ち直し空いた手をニーナに差し出すと、クローバーだらけの芝生を歩きだした。


 ニーナはそのまま瑞樹と手を繋いでいるつもりだったらしく、手を解いた時に驚愕を露わにしたが、背後でのことだったので瑞樹は気付かず。


 二人は休日の公園内に大量に発生するカップルの一つのようになっていた。



 公園の隣にある「海浜アウトレットモール」は名前の通り敷地の半分が海に接しており、ここではボートに乗る体験もできる。


 建物の壁も海をイメージし青く塗られていて、一層濃い青の観覧車は、遠くからでもとても目立つ。


 四つに分けられたエリアは、それぞれで全く異なるジャンルの商品を売っている。


 フードコートに各種飲食店と、食品中心の北エリア。

 ゲームや本を中心とする南エリア。

 衣類やスポーツ用品店を集めた西エリア。

 そして、100円均一店など、雑貨屋の集う東エリア。

 南エリアには映画館も完備され、一日いても飽きることはない。


 この中で瑞樹達がまず向かったのは、西エリア。

 距離が最も近いからという理由の他に、ニーナの服を買い、早めに着替えさせた方がいいと判断したのもある。


「――ってことで、自由に見てこい!」


 瑞樹も、初めはニーナの好きなようにさせようと思っていた。

 だがそれにはニーナに一般以上の常識があればという条件がつきまとうため、断念せざるを得ない。


 紙幣の使い方を知っているとは言い切れないし、レジを通さずに持ってくるやもしれない。あるいは瑞樹の想像の斜め上を攻める想定外のことなど……。


 色々と模索してみた結果、先の言葉を取り消しニーナと同行することに決定した。


 ――さあ、どこからでも来い。全部対処してやる!


 学校ではそれが体育祭であろうと、一度とて出したことのなかった闘志を燃やした。


 ……のだが、それは一瞬にして消化された。


「……え? ここか?」

「う、うん。どうしてもこの格好じゃ落ち着かなくて……」

「一人で行ってきたらどうだ? 俺は近くにいるから」

「一緒に見るって行ったよね?」

「いや、言ったけど……」


 ニーナが真っ先に向かった場所は女性用下着店。通り過ぎるだけでも少し気まずくなってしまう、魔法の場所だ。

 そこに瑞樹を連れて行きたいと言う。

 案外ニーナは大物なのかもしれない。


 ニーナに背を押されて勢いよく足を踏み入れる。

 頭上から降ってくる冷たい風と陽気な音楽。どの店でもそうだが、ガンガン冷やす部屋の扉を開けっぱなしにするのは電気の無駄遣いとしか思えない。


(ま、儲かってるだろうし問題はないんだろうな)


 こう言った会社は環境よりも利益を優先するものなのだ。


「ところで、落ち着かない格好とか言ってたけどなんでこの店に?」


 何気なく言った瑞樹の言葉は、尋ねてはいけない地雷だった。


「だって……」


 顔を真っ赤にして手を組みもじもじするニーナ。

 初めはなんのことだかさっぱり理解できなかった瑞樹も、その仕草を見てなんとなく――というか、ほぼ確信に近いところまでたどり着いた。


 その手は、身体の中心よりもやや下あたりを押さえている。


 あまり認めたくはない。のだが、それが事実とあらば完全に瑞樹の責任だ。


「もしかして――――穿いてないの?」

「(こくり)」


 何も言葉が浮かばず、瑞樹は押し黙ってしまう。


「だって、ミズキが悪いんだよ! 風呂から上がったら服はこれしかないし、着てたやつは無くなってるし……」


 何も言い返せない。

 洗濯機に入れた衣類は、今頃は乾燥中だろう。あの中に紛れ込んでいるということか。


 何事かと集まってくる見物人達の視線が瑞樹に刺さる。コソコソと声を潜めて会話する内容は、十中八九、瑞樹達の話題だ。


 ただでさえいづらい場所に、不穏な空気。一刻も早くこの話を切り上げたかった。


「ごめん、悪かった」


 頭を下げても、ニーナは簡単には許さない。ちょろいやつだと思っていたのは、大間違いだった。


「なんでも好きなもん食わせてやるから」

「……本当?」

「勿論だ!」


 大間違い……のはずだ、食欲旺盛なだけで。


「あ、それともう一つ」

「……?」

「手、繋いでていい?」


 突拍子も無いことを言い出したニーナだが、瑞樹は根負けし承諾。まず断れる状況ではなかった。


(喜多嶋あたりに見られてたら学校でなんと言われるか……。面倒だ)


 誰がどこで見ているかわからない。瑞樹は頭を悩ませた。


 この店での買い物を終えた時には、瑞樹の精神的体力はほとんど残っていなかった。

 さらに移動時には片手が使えない。


 服選びも瑞樹一人が外で休むことは許されず、精神力を休める時間は食事をするまでないも同然だった。


 今の二人は立派な彼氏彼女であり、仲睦まじい良いコンビだ。しかし二人の間には一方的にも恋愛感情は存在せず。


 積極的に攻めているニーナも、あるのは懐きと尊敬。小さい子供が両親に向けるそれと同じものだった。



 幼い頃に住んでいた村が近隣の村との紛争に巻き込まれ、その時に両親と死別したニーナは、親の顔を知らない。

 長年幽閉され、人と会う機会の少なかったのも原因の一つだ。

 だから、親から受けたはずの愛情も覚えておらず、同時に親を愛した記憶もない。


 しかしニーナの記憶にないずっと昔に感じた両親の面影が瑞樹と重なり、本能がニーナを突き動かし瑞樹を親だと錯覚させた。


 彼女自身がこの感情の正体に気がつくことはない。

 ――が、誰かがそのことを伝えたり、あるいは別の感情へと発展したり。あり得る話だ。


 しかしそれは瑞樹が行うことはない。彼はニーナの気持ちを深く考えることをせず、悪目立ちする現状をなんとかすることしか考えていないから。


 瑞樹はニーナのことを嫌っているわけではない。特別な思いを抱いていないだけで。


 相互依存の生活を送る上で良好な関係は維持していきたいと願う以上、あまりにぞんざいな扱いをすることはできなかった。


 周囲の目が気になる所ではあるが、無理矢理手を振り解き機嫌を損ねさせると、後々困ることになるのは確定事項だ。

 手を繋いで歩くのだって、ニーナをあやすための行為に他ならないのだから。


「……飯食ったら離れてくれよ?」


 だから、瑞樹はこう言うのが精一杯だった。

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