第10話 新たな生活で④

 地上に上がると目の前に広がるのは、公園というか、広場。いざという時の避難場所に指定されていて、東京ドームくらいなら軽くおさまるだろう。そのくらいの広さがあった。


 週末なこともあってか普段よりも人が多く、家族連れが多くの割合を占めている。

 キャッチボールや自転車の練習など、楽しみ方は家族それぞれだ。


 一面に天然芝が育てられ道路沿いには松の木が植えられ、都会の中にいながら都会とはかけ離れた異様感を感じされる。


 まるで低い山の頂上に来たような雰囲気のこの場所は、通称『緑の公園』として訪れたことのある人には親しまれていた。


 そんな緑の公園を交通量の少ない二車線道路で挟んだ向かいにあるのが、この日瑞樹達の向かう予定であるアウトレットモールだ。


 ここは県内有数の広い敷地面積を持ち、緑の公園の二倍、いやそれ以上だった。

 東西南北、四つのエリアに分かれており、それぞれ売り物の種類などで場所が異なるが、その一つ一つがまた広大であった。駐車場に限れば、敷地面積の半分を占めるほどだ。


 中央には巨大な観覧車が近隣の地域を見下ろし、夜になっても夜景が綺麗と評判で、昼夜の人口差はあまりない。


 瑞樹達の目的地はここだが、二人は公園で足を止めていた。

 その理由は決して自然を楽しみたいなんて大層なものでもなく。


「うぅー、気持ち悪い。ミズキー、助けて……」


 公園のベンチで金髪の少女が仰向けで空を見上げていた。

 ニーナのセリフは緊急事態のそれだが内容は全くもって異なり、


「ったく、はしゃぎ過ぎなんだよ。気持ちがわからなくもないが……もう少し自重できなかったのか?」


 端的に言えば、「酔った」のだ。

 みっともないことに、地下鉄で、ではなく、あちこちを見ながら回転して歩いたせいで、だ。


 倒れる直前のニーナは、バラエティ番組の芸能人顔負けのリアクションだった。言ったところでどうしようもないので瑞樹は黙っているが。


「なんか買ってくるから少し寝てろ。少しは良くなるだろう」

「任せたー」


 力のない声で、ニーナは片手を伸ばした。



 瑞樹は自販機へと向かう。

 近くにコンビニがあるが、飲み物を買うだけなので問題ないだろうと考えた。

 ただし数人の列はできている。


 自販機は公園内に二箇所しかなく、両端に一つずつだ。

 それで別に困ることはないのだが、今のように並ぶことがあり、売り切れることも多々ある。


 かといってコンビニや反対側に行くよりは並んだ方が早いくらいの人数のため、人は並ぶのだ。


 瑞樹には知ったことではないが、近々自販機が追加されるらしい。本当にどうでもいいが。


「さて、何を買ったものか」


 瑞樹が並んだ後にもまた一人、後ろに並ぶので、スムーズに進めるため待ち時間にでも買うものを決める。

 前の人の頭上から売り切れていない商品を眺めながら、財布をいじり小銭を取り出す。


 取り出した五百円玉硬貨をポケットに入れ、待つこと一分。


「……遅い」


 気になって前を見ると、瑞樹の一つ前で流れがつっかえていた。


 その人物は商品の真下のボタンを何度も何度も押しては取り出し口を確認し、押しては確認しを繰り返していた。


(何してるんだ? 何も出てこないのか。まさか故障?)


 売り切れの赤い印も付いていない。


 ――俺のすぐ前で……。


 そんな考えがよぎった瑞樹だったが、やがてそれが思い違いだったことに気がつく。


 押すたびに値段表示の数字が変動する。


 要は、金を入れていないのだ。当然商品が出るはずもない。


「あの、お金は入れましたか? 入れないと何も出てきませんよ」


 その人物を呼びかけると、何を言っているんだという目で瑞樹を見る。


 小太りな男性で、ちっちゃいおっさんという表現がぴったりの人物。しかし明らかな外国人だった。


 やばい人だと感じていた瑞樹だったが、その人が日本人ではないと知ると、瞬時に多くの理由が浮かぶ。


「言葉は解りますか?」


 壮年の男性はその言葉にも理解の色を示さない。


「Do you know what I meen?」

「…………?」


 英語でも同様、手の打ちようがない。

 何もできないまま時間だけが過ぎて行く。男性のチャレンジは終わらない。


(参ったな)


 話ができないなんて、ペリーも苦労しただろう。それと近似した、迷惑とも言えるものに出会った瑞樹は、必死に穏便に済ませる方法を考えていた。


 手っ取り早いのは割り込むことだが……。


(流石に駄目だよな。普通に考えて)


 後ろを振り返って見ても、誰も大して気にする様子を見せていない。

 内に隠しているだけかもしれないが、それならそれで表に出さないだけましだ。


 しかし並んだまま何も買えないのは事実。


 瑞樹は僅かな隙をついて硬貨投入口へと五百円玉を投げ入れる。滑らかなフォーム。男性に気づかせない、見事な手口だ。


 そして何度目になるのか、男性がボタンを押した瞬間、「ピッ」と音を立てて商品が落ちてきた。


 なぜ突然購入に成功したのかいまいち理解できていない男性であったが、何はともあれ買うことができたのだ。首を傾げながらもペットボトルを取り出し、歩いて行った。


 残った金で瑞樹は事前に選んでおいたジュースを二本買うと、一桁減った硬貨を手に握りニーナの元へと向かった。


 その時に後ろにいた人物から「良く入ったね」と称えられたが、面倒なことを避けた瑞樹は感謝の意だけを述べ、颯爽と帰って行った。


「ふふっ、君、やっぱり面白いね」


 その青年は、瑞樹が去った後も意味深に笑っていた。



 ベンチに戻るとニーナは、寝そべった状態で両手を広げ天に突き出していた。周りからは変人にしか見えない。


「何やってんだよ。アホな子に見えるぞ」


 呆れながら買ってきたボトルをニーナの首筋に当てる。


「冷たっ! ああ、これはね。なんかここなら魔法が使える気がしたから、やってみてたの」

「へー。で、どうだった?」

「てんで駄目。家程じゃないにしろ、やっぱりうまく使えない。すぐに分解しちゃう」

「そっか。難しいんだな」

「難しいんだよー」


 瑞樹がボトルの蓋を開けると、ニーナもそれに習い真似る。


「ぷはぁー! 何これ、すごく美味しい!」


 どこにでも売っているただのみかんジュースだが、拒絶反応が起こることもなくニーナの口に会ったようだ。


 疲れた時には柑橘系。

 今のニーナにはこれが丁度いいと思い、多少のいたずら心と共に瑞樹は最も酸っぱいやつを選択した。


 炭酸を買わなかったのは、単に瑞樹が飲めないから。

 飲めないこともないが、幼少の頃から瑞樹は炭酸飲料水がどうしても苦手だった。


 舌が痺れ、液体が喉を通らない。


 この症状は今も健在で、生涯で炭酸を飲むことを半ば諦めかけていた瑞樹だった。


 ニーナの飲みっぷりは凄まじい。瑞樹が意識を向けた時にはすでに、水面と底がくっつきそうだった。


「朝食の時も思ったが……。早いよな…………」


 思わず本音が漏れる。

 そして言い終わる頃にはボトルは空っぽ。


「それももらうね!」


 そう言ったニーナは目にも止まらぬ速さで瑞樹の手からボトルを奪うと、代わりに空のボトルを収めさせ。


「あ、おい!」


 瑞樹は慌てて静止の声を上げるがすでに遅い。


 まだ八割近く余っていたはずのボトルは、すっかり飲み干されていた。

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