第5話 変わりゆく日常⑤
「えっと、たしかに通じてるみたいだな」
「そっか。なら良かった」
それは、先ほどまでの機械音の面影は既に消えてしまった、心地よい凛とした声。訛りが全くなく、ずっと日本に住んでいたかのようだ。
ついさっきまでは話から届いていない風だったのに。
瞳の色は、腰まで伸びる長い髪と同色の金色。ますます日本人さは見当たらない。
もしここに百人の人がいたならば、百人全員が美人である、と答えるだろう。それだけの美貌を持っていた。
一目惚れとまではいかなくとも、すれ違えば一瞬目が止まること間違いない。
瑞樹も当然その中の一人。むしろ瑞樹の好みのど真ん中だ。
しかし彼は、恋愛なんて一時の気の迷いだとバッサリ切り捨てていた。
そんな薄っぺらい気持ちは、どうせそのうち綺麗サッパリなくなっている、と。
だから美少女と二人きりという状況下においても余計な気持ちを押し留め、謎を解明しようと努めることに成功していた。
まあ常識のある人間ならここで暴走したりはしないだろうが、仲良くなりたいとは思うだろう。丁重に接することだ。
機嫌を損なわないように、と目的は違えど瑞樹も同じ行動をとった。完全な無意識のうちにだが。
「先の現象が何だったのか色々問い詰めたくはあるが、目が覚めたばかりだし一旦置いておくとして。腹減ってるだろ。お粥でいいか?」
「あ、うん。ありがと」
どれだけ強い風でも、流石に炊飯器の中身までは無事だ。そこから昼のうちに炊いておいたご飯を小鍋にとり、水を足して火にかける。
作り方を詳しく知っている方ではないが、細かい動作は何もいらない。こればっかりは失敗も何もないだろう。
少女は家の作りが気になるようで、布団に座り上半身だけを起こし、隅から隅を見渡している。
(そんなに気を引くものなんてあったか?)
この部屋は一人暮らしをするには値段的にも広さ的にも十分なものだが、その分造り始め至ってシンプル。
ザ・和風と言った要素もなければ、興味を引き立てるものなんて何一つ有りはしなかった。
たから何故興味を示すのか瑞樹は疑問を感じたが、その理由もまた単純。
「ねえ、ここはどこ? 気づいたらここで寝ていて……。私のいた所とは空気も部屋の造りも、全然違うんだけど」
彼女の方も突然の見知らぬ場所に、困惑していたのだ。
この時点で瑞樹は少女がどこかから空間移動したんだと、ほぼ確信していた。
そこにどのような技術、あるいはトリックが隠されているのかは不透明だが、これが演技にはどうしても見えなかった。
瑞樹も人並みには嘘を見抜く力はある。それは感覚に近いものであり、彼の推理力を加算すれば確率は人一倍高くなる。
そして現在のような単純な場面では、誤差はあるがほぼ百パーセント、予測は当ててきた。
当然のように今回も、外したりはしていない。
「俺の家だ。光や突風といぅた不思議な現象と一緒に現れたんだが、何か覚えてないのか? 参考にしたい」
瑞樹は出来上がったお粥を小皿にとると、少女に差し出す。
「出来た。口に合うかは保証できないが、不味くはないはずだ。それと俺の名前は、河西瑞樹だ。瑞樹の方が名前な」
「へー、珍しい名前なんだね。まあいいや。私はニーナ=ルイス。ニーナの方が名前だよ。それで――」
少女――ニーナはスプーン片手に、消えかけた記憶を探るように一つ一つ、ゆっくりと語り始めた。
「……悪いけどもう一度頼む」
ニーナは最大限丁寧に、分かりやすく話した。自然と耳を傾けてしまうような、安らぐ声と共に。
しかし瑞樹はその話の半分以上を理解できず、よほど気に入ったのかお粥を飲み食うニーナに再度問うた。
いくら有智高才な瑞樹であっても、こればっかりは仕方ない。
なぜならば会話のキャッチボールをする前提条件として「魔法の使用に関する知識」が挙げられたから。
どんなに思考回路が優れようと、聞いたことのない単語の応酬の前には単語を拾うので精一杯だった。
理解は置いておき、すべての語句を耳で拾えたのは瑞樹だったからこそのことだ。脳がオーバーヒートして倒れてもおかしくない。
事実彼も僅かにだが、体温が上昇している。あと少しでも話が続いていれば倒れていた可能性もあった。
「ええー」
だがそんな事情を知らないニーナは、再説明を望む言葉にあからさまに嫌な顔をした。
彼女自身、自らの説明が分かりやすいものだと満足しているし、実際彼女と同郷の人からすると模範解答的ものだったろう。
ただし生活の違いは埋められない。
彼女のは無限に魔法を操れる。体力が持つ限り、永遠に。
天から授けられた才。正しくそれだ。
だが、その力のせいで研究所に捕らえられ、幼い頃から魔法しかない生活を送ってきた。
ついには二つの巨大勢力にまで狙われていた彼女にとって、魔法とは世界の全てだ。
その世界において魔法は特別重要ものとは言い切れない。ないが、そのことを知らない彼女はあるべきもの、知ってて当然だ、という固定観念が根を張っていた。
だからなぜ瑞樹が聞き直したのか、考えることをしなかった。
そして瑞樹も、これまで魔法とは無縁の人生を歩んできた。むしろ、魔法の対極にある科学でこれまでにないことを成し遂げようとしている。
瑞樹は、フィクションと現実を混合させるようなことはしない。現実をわきまえている。
だから超能力はあるなどと信じる夢見がちな者よりも、一層理解に苦しんだ。
魔法分野の天才と科学分野の天才が世界を超えて出会ってしまったのは、ほんの偶然に過ぎない。
本来ならば決して出会うことのなかった二人。
このことで何が起きるのだろう。
世の中のプラスになるのかマイナスになるのか、はたまた何も起こらないのか――。
それはたとえ悪魔や神が存在していたとしても、解ったものではない。
――神のみぞ知る? いいや、神さえも知らないさ。
神がいたならばそう言っただろう。
人ならざる者も匙を投げ捨てる未来。
二つの世界の予定調和が今、崩れようとしていた。
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