第6話 変わりゆく日常⑥
ニーナは魔法に対してよく知りすぎている。
生活の苦労は大方魔法で取り除けるし、彼女を捕らえた側の人間もその便利さに漬け込んで、せっせと便利魔法の開発を進めてきた。
彼女にとって魔法は、世界でもあった。
故に魔法の概念無しには彼女の以前を語ることはできず、またそれを語るとなるとさらに膨大な時間がかかるため瑞樹に伝えられず――。
「……つまりは科学では証明できない不思議なことって思っていいんだな?」
「科学が何かわからないけど、多分そんな感じ。不思議を創造するんだね」
夕日が沈むくらいの時間をかけて説明した結果、瑞樹にしてはあまりにも簡略化・粗放化した納得の仕方となった。伝える側も伝えられる側も、本意ではない。
そして前提条件をなんとか理解した今、ようやく話を一歩前へ進めることが出来た。
「それでここはどこなの? もしかして外国だったりする? 言葉も違ったし」
「聞いてもわからないだろうが……日本だ。この国、いや星には魔法とかないから、おそらくもっと遠くからだろう」
例えば宇宙の果てや、あるいは世界すら違ったりとか、と瑞樹は続ける。
「ウチュウ? なにそれ、初めて聞いた。でもそこじゃないと思う」
「俺もだ。降ってきたりしたら何かしらの報道はされるんだよな。それがない」
宇宙、隕石、墜落。
さまざまな単語で、いくつもの検索ページから情報を集める瑞樹だったが、それらしい言葉は一向に出てこない。
ニーナが現れたのが一瞬のことなのだから見る人がいないのか、そう思っても、よく考えればなぜ宇宙人が瑞樹らと同様の姿形をしているのかと疑問は増える。
「ニーナ、お前のいた国ってどこだ?」
「えっと、カルデラート共和国とかだったと思う。どっちかというと、西側陣営に近かったかな」
「やはり地球上ではないな。となると、異なる世界――異世界からってことになるのか」
生粋の科学好きである瑞樹からすると、この結果は簡単に出していいものではなかった。
なにせ確かめようのない、架空の存在。
他にも候補は探せば出るだろう。しかしそれが立証されることはない。
なぜならば、それが事実で現実だから。
フィクション上の現象が起こってしまった。
信じるか信じないかは問題ではなく、嘘偽りのない真実だった。
「そうなんだ、すごいね。私異世界に来るのは初めてだよ」
瑞樹の葛藤は他所に、貧相な胸を張って述べるニーナは楽しそうだ。
二者間の会話のつっかえも解消され、話し合いはスムーズに進んだ。
と言っても瑞樹は完全に魔法を理解したわけではなく、ニーナの言いたいことが100パーセント理解できた訳ではない。
しかし理事長との会話以上にはスムーズに話し合え、彼の精神的負担は比較的少ないもので済んだ。
聞いたところによると、ニーナが突然この世界にやってきたのも魔法によるものだ。
どんな仕組みか瑞樹は知りたかったが、すでに証明できない事態が続いている。諦めるしかない。
「それなら何か、使える魔法を見せてくれ。俺が証明してやるよ」
意気軒昂に宣言した瑞樹だが、
「うーん、でもここではダメみたい。消されるっていうか、霧散するっていうか……」
「要するに使えないってことか。まぁ、当然か」
手を握ったり開いたりを繰り返したニーナは、やがて諦めて呟いた。
言っても世界が異なる訳だから、元の世界の仕組みが使えなくたって、なんら不思議なことではない。むしろコミュニケーションが取れることの方が奇跡のようなものであり――。
「――そういえば起きてすぐに魔法を使ったろ? あれはどうなんだ?」
瑞樹の話す言語の分からなかったニーナが、なんらかの方法で日本語をマスターした。
その時に使用したものは魔法で間違いない。ないが。
「あれは魔法だけど……、魔法じゃないんだよね。特性――性質――。あーもう! 何て説明するか解らない! でもそんな感じのもの!」
説明を投げ出したニーナだったが、それだけで瑞樹はある程度の理解を得た。
「大丈夫だ。何となくにだが、分かった。たしかにこれは説明しづらいな」
ただし言葉にすることの難しさ。
魔法に関しては多くが概念的なものであるため、口語することは大変なんて次元のことではなく、不可能に近い。
ましてや下地となる知識が互いに不足している。
そのため魔法を知る以前に、魔法を扠置いても、二つの世界の違いを見つけることも簡単ではなかった。
「それともあの時だけ環境が一致したのかもな」
「かもね。魔法一回分だけならいけたのかも」
魔法はニーナのいた世界でなければ使えないが、ニーナと同時に魔法を起こす原因が現れた可能性もあった。
立証する確率は限りなく低いが。
魔法の使用には瑞樹の言った通り、環境が大きく関わっている。
使用者はあくまで現象の鍵でしかなく、大小はあれども基本的に誰でも使える。
生き物は鍵だが、環境はそれが入る鍵穴だ。
環境の一つに鍵穴の大きさもあり、地球は、この世界はそれが――とても小さかった。
もちろん場所によって差はある。
しかし世界の違いによる差に比べれば誤差でしかなく、結局のところ、簡単に魔法は使えるものではない。
ニーナの感じたこの部屋の違和感とは、この環境の変化でもあった。
「なぁ、ニーナ」
しばらく目を閉じていた瑞樹は、ふと小さな声を出した。
それは唐突なもので、発言した本人ですら驚いた様子だ。
「なに? あ、もしかしてお粥残してて欲しかった?」
「それは別にいいが……。ていうかよく食いきれたな」
いつの間にやら鍋の中身は空になっている。
瑞樹も軽く食べるつもりでいたので少なくない量あったはずだが、そこまで腹が減っていたのか、食べ始めからすごいスピードだった。
しかしそれでも満ち足りた表情は見せず、瑞樹はその食欲に微かな恐ろしさを抱いた。
また作ってやるかと考えた瑞樹だが、本題はそこじゃない。
「元いた世界に、帰りたいとは思わないのか?」
「え」
ニーナの間の抜けた声で、部屋がしんと静まり返る。
「元の世界に戻れる保証はないんだ、もっと悲しんだりはしないのか? 故郷に帰れないことへの未練とかさ」
その問いに彼女が答えるには、しばし時間を要した。
「うーん、戻ってもまた狙われるんだと思うんだよね……。故郷も戦争でなくなったし、それに私がいなければ戦争はすぐに終わると――――」
「お前はそれでいいのか? せめて挨拶をしたいとは?」
――無言。
「未練があるんだろう」
彼女は何も答えない。否、答えられない。
彼女の内心で、肯定と否定がせめぎ合っている。
「いつになるか解らないが、もし、また世界を繋げられたら――、戻りたいと思うか?」
「……思うよ」
小声で、しかし力強く。ニーナは言い切った。
「永住しなくていい。狙われてもいい。だから! だからせめて、ありがとうって、言いたい」
「そうか」
短い間、しかしとても長く感じた一瞬を経て。
「……少しは楽になったか? あまり思い詰めるなよ。突然知らない人からこんなこと言われても困るだけかも知らないが、俺に頼っていいからな」
そこで一拍分間を置く。
「……俺には夢がある。それは空間移動を実現することで、おおよそ現実的じゃないとわかってる」
小さい子に語り聞かせるように、瑞樹はゆっくり話し始めた。
「それでも、お前と会い可能性を見つけた。いずれは世界を越えることを可能にするつもりだ」
一旦停止し、深々と息を吸うと。
「手伝ってくれるか?」
「うん。任せて!」
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