第3話 変わりゆく日常③
理事長室を出る際に移動費を握らされた瑞樹は、この人は根はいい人なのか悪人なのか、わからずにいた。
薄暗い無人の教室に戻り薄っぺらい封筒を覗くと、顔を覗かせる十人の福沢諭吉。
鞄をからうことも忘れてしばらく唖然としていた。
(現場は同じ市内だったよな。こんなに必要か?
罪滅ぼしか、それとも依頼の報酬か。ま、予想外の儲けだな)
瑞樹自身金には困っていないのだが、別にあって困るものではない。
ラッキー程度に感じ財布にしまい、教室を出た。
理事長室での話し合いは当初の予定よりもだいぶ長時間にわたり、瑞樹が校門をくぐる頃には真っ赤な夕日が山々に隠れ始めていた。
理事長との会話や大金の入った封筒のことで脳内を埋め尽くしていた瑞樹は、すっかりと喜多嶋との約束を忘れてしまっている。
いや、覚えていたとしても時間が時間だ、部室に向かうことはなかっただろう。
現在時刻午後七時二十分。完全下校まで残り十分を切った。
学力が低い者の特徴というか、勉強から逃げるために部活に打ち込むケースが多々見られる。それが悪いことと誰も避難することは出来ないが、打ち込めば打ち込むほどさらに勉強が追いつかなくなる。
この学校も同様だ。
私立高校らしく野球、サッカーなどのメジャーなスポーツは勿論のこと、なんだそれ、と反応してしまいそうな部活までがあった。
運動系文化系含めその数五十越え。
部活の設立は自由で、その中には先生及び生徒会会員までさえ知られていないものまであった。
だだし強豪チームはなく、単縦なお遊びサークルに成り果てていた。
勉強面はまったくダメだが運動に対しては異常なる執念を燃やすやつ。
ここにはそんな生徒が大半を占めている。
放課後も遅くまで残って練習、もとい遊び続けるのは日常茶飯事だ。
第三グラウンドでのラグビー部の激しいせめぎ合いを左から右へと聞き流し、瑞樹は帰路に着いた。
瑞樹の実家は遠い。バスで駅まで向かい、そこから電車で家の近くまで。これも乗り換えが必要であり、着いてからはまたバスに乗る。
乗り換えは計三回、移動時側に換算するとゆうに二時間は超える。
そのため学校のすぐ近くに部屋を借りている。徒歩五分で隣にコンビニあり。
なかなかの好物件だった。
学生寮でも問題ないかと思われるが、この学校にはそれがない。寮が必要なほど遠くから通うのは瑞樹くらいだし、他にいたとしてもほんの数人のために新しく建設するのも違う。
ここを第一志望校に選ぶ人は、……まあ瑞樹以外いないだろう。正規ルートでは進学しないのだから。
そこは住宅街の一角、二階建ての木造アパート。ここの二階の一番奥が瑞樹の部屋だ。
ドア同士の間隔はたった数歩分。見るから狭そうに感じるが、小部屋が二つ。それだけで瑞樹には十分だった。
「あらあら、瑞樹ちゃん、遅かったわね。シチュー作りすぎたけど持っていく?」
階段を登り終えると、待ち伏せていたようなタイミングで隣の住民が声をかけた。
名前は覚えていない。表札はなく、瑞樹の方も覚える気がなかった。
年齢にそぐわないド派手なファッションの女性。豚に真珠というか、自分を若く見せるにしても酷すぎる。鼻を指す香水の匂いや頭に響く超高音のソプラノ声と重なり、正直、瑞樹はこの人が苦手だった。
「はい、いただきます。今受け取ることは出来ますか?」
「わかったわー。少しお待ちね」
ただ悔しいことに、料理の腕は折り紙つき。瑞樹は知らないが、勤務場所は超一流のレストランだ。さらにコックを務めている。
これを
料理はできるがその手間を考えてコンビニ飯で済ませる瑞樹からすると、すでに好き嫌いなどどうでもいいものと化した。受け取らない理由はない。
(変な薬品とか入れてないだろうな? 先週のこともあるし、調べておくか)
ほんの気まぐれで調べてみた結果、一週間前に瑞樹が受け取ったカレーの中には、故意ではないだろうがわずかながら毒性があった。
反応を示したのは
「お待ちどうさまー!」
スモールサイズの鍋に入れられたシチューを受け取る。出来立てだろう、鍋の底が温かい。
瑞樹は受け取った鍋を片手に持ち替え、泥棒も簡単に入れそうな脆い鍵を開けた。
空間移動。言い換えると、瞬間移動。
そんな日現実化かなものを実現しようなんて考えている瑞樹だが、幽霊やポルターガイストなどの超常現象などは一切合切、信じていなかった。
ホラー番組はヤラセでなんらかのトリックがあり、写真も加工物、幽霊は柳の木の見間違いだ、視聴率を稼ぐための手段だと、本心から思っている。
自らの意見を押し通すような真似は決してしないが。
怪奇現象は信じず空間移動だけを信じるなんて都合が良いかもしれないが、瑞樹はそれを納得する理由を持っている。
それは全人類が納得できるものではない。しかし、辻褄が合っていないわけではなかった。曰く、
現時点の科学で瞬間的なタイムトラベルが可能なのだから、空間移動の難易度はそれよりは低いだろう。
というもの。
空間を横軸で考えた場合、時間とは縦軸となる。その空間同士の移動に必要な時間を限りなくゼロに近づけると、類似的な空間移動が可能になる。
瑞樹の主張はこうだった。
随分と簡単に聞こえるが、初めの条件は少数点以下何百桁という微かな時間の話だ。現実味はない。
それでも諦めないのが研究者というものだろう。
そしてこの日、実現への糸口となるものに出会った。
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