第1話 変わりゆく日常①
高校生統一全国模試。どこの学校においても、これを好き好んで受けたがる奴はそういないだろう。
めんどくさい、疲れる、こんな気持ちでいる人が大半だ。
そんな模試の最上位――全国一位を取るような人は誰か。
難関高校に入学し一日中勉強づくめ、今を遊ぶことよりも将来楽することを選ぶような、ガリ勉やろう。
そんなイメージがつきものだ。
高校二年の初期、皆が遊びたがるこの時期で全国トップを取るようならなおさらそう考えてしまう。
だが、それは現実とは遠くかけ離れた、勝手な勘違いだった。少なくとも現高校二年生の中では。
なぜならば。
「それじゃ、先月の統一模試を返すー。名前を呼ぶから、各自取りに来い!」
日本のとある高校の教室にて、今ちょうど、全国模試の結果が返されていた。
この教室にいる多くの生徒が――いや、この学校全体が同じ雰囲気に包まれているか――俯き気味だ。
無理もない。
この学校は私立で設備は良いが偏差値的にはお世辞にも高いとは言い切れず、むしろ県内に限って言えば、最底辺。成績がいいはずがないのだ。
そのくせバカみたいに校則が厳しく、中学生の「通いたくない高校ランキング」では、堂々のトップを飾るほどだ。
成績上位者は融通を利かせてくれたりと便利な点があるにはあるが、それに適応される条件が厳しいため、デメリットにしか見えない。
勉強して学年一位をとっても何一つ願いは聞き入れられない。だから誰も勉強しなくなる。これでも進学校を自称しているのだから、笑い物だ。
「えー、次」
「はい」
そんな中、一人の生徒が席を立った。と同時に、それまで騒がしかった教室に静寂が訪れる。
クラスメイトをかき分け、教卓の前に出る。その表情が強張っているのは、不機嫌のせいか、それとも緊張のせいか。
誰もが唾を飲み、担任教師の言葉を待つ。
彼の成績表を見た教師は一瞬目を疑ったがやがていつもの笑顔に戻り。
「河西瑞樹。おめでとう、600満点中596点。文句なしの全国統一模試一位だ!」
「ありがとうございます」
瞬間、教室中が盛大な拍手と歓声に包まれた。
それでも彼――瑞樹の表情に変化はない。担任の盛り上がった様子には一瞥もくれず、冷たい声でただ返事をしただけだった。
勿論嬉しいだろうが、この歓声も書き慣れたのだろうか。無理もない。瑞樹が一位を取ったのはこれで五度目。
高校に入学してから常に、全国のトップに居座り続けている。
彼は全国一位ではあるが、難関高校に通っているわけではなくむしろアホの部類に入る高校に通っている。そして、常に勉強しているという言葉は、瑞樹からは遠く離れた位置にあった。
授業中は他の生徒同様に机に突っ伏し、起きているのは興味のある科目だけ。
メガネをかけているなんてこともなく、見た目も生活も、周りと同等だった。
なぜ彼は成績が良いのか――。この学校内では誰もがそう思った。
瑞樹の後の生徒が成績表を返却される間、彼自身は大した復習もせず、鞄から取り出した分厚い本を読もうと栞の挟んであるページを開き。
「あちゃー、ついに英語ゼロ点取っちまった! 瑞樹ー、お前どうやって勉強したんだよ」
彼の後ろの席に座る生徒に、それを妨害される。
「……喜多嶋。その本は関係ないと思うぞ? 単なる俺の趣味だからな」
「うぇっ、まじだ。こんな小っちゃい字、よく読めるよな。気持ち悪くならねぇのか。俺なんか目眩がするぞ」
「現国がゼロ点じゃないことが驚きだが……、まあ良いか。今のところ本を読んでての目眩はないかな。睡眠不足で頭痛を起こすことはあるけど」
「あ、それ俺もあるわ。そのせいで授業中眠くなるんだよなー」
二人が学校で睡眠をとる理由は全くの別物なのだが、すでに会話にズレが生じていることに喜多嶋は気づいていない。喜多嶋はこの学校の中でも群を抜いて、馬鹿だった。
瑞樹は当然そのズレに気づいているだろうが、指摘しても何の意味もなさないため普段どおり、見知らぬふりを続ける。
彼――喜多嶋拓は隠していたが、彼の現国の得点は瑞樹の思ってた通りゼロ点だった。
瑞樹の読む専門書のような書物だけでなく、教科書の物語でさえ苦手とする。
1・2文の短いメッセージなら楽に読めるので、書物であるというフィルターが読書という行為に拒絶反応を示しているのか、瑞樹はそう解釈していた。
手の施しようのない天然馬鹿の可能性もあるが。
「そうだ、瑞樹、放課後時間あるか? 手伝って欲しいことがあるんだけどさ。時間がかかるから無理にとは言わねぇ」
「悪いが、俺にもこの後行くとこがあってな。それが終わり次第行っても構わないが、何をするんだ?」
「昨日部活をサボった罰として部室の片付けをな。一人じゃまず終わらないから人手が欲しいところなんだ」
またこのパターンか、と瑞樹は内心で溜息をつく。
(片付けを嫌がるくらいなら練習に参加すれば良いのに)
まあ今回に限れば、サボるのは仕方ないと言えなくもない。喜多嶋の家はラーメン屋を営んでいるが、昨日は特に客が多く、急遽手伝いが必要になったからだ。
これまでは理由をつけて回避してきた瑞樹も、今は手伝おうと考えていた。
「わかった、行けそうなら部室に向かう。野球部だっけか?」
「ああ。他にも声をかけるが、頼む。ほらよっと」
投げ返された本を見事に片手で掴み、瑞樹は読書に戻った。
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