魔法使いは異世界科学に出会う

松方雫

プロローグ 始動の火種

 その出来事は、日本から遠く離れた異国の地で起こった。


 遠いといっても距離のことではなく、座標そのものは日本と同一点上にあるため、むしろ近いとも言える。しかし行くことの難しさで言えば確かに遠い場所にある。


 現代科学では定義できない位置にあるそこは次元が違うと言っても過言ではなく、存在の確認すら困難なごく薄い虚無の空間を挟んだ、これまでの人生を過ごした世界とはまた異なる世界。そんな異世界において。


 最大の大陸の端の小さな島国を舞台に、考え方が全くの対極にある二大勢力が衝突し、世界の情勢を二分した世界大戦が行われた。


 世界が違うのだからそこに住む者の生態系が異なるのも突然の摂理であり、地球とは遠くかけ離れた進化を遂げていてもおかしくない。いや、むしろそれが普通であった。


 だからその者達が人の形をしていることは、ほとんど奇跡に近い。

 二つの世界が同じような進化の道を通った。いったいどれほどの低確率だろうか。天文学的数字になることの予想自体は想像に難くない。



 この争いは、初めは一つの国でのちっぽけな事件から発展した。

 この事件の正当性をかけて国が東西二つに分かれてしまい、それらを支援する形で多くの国が支援することとなった。


 主な戦場は本国の中央都市だが、大国では戦争を勝利に終わらせるための研究が盛んに行われている。


 世界各地から中央都市まで、毎日のように多量の物資が送られる。それは食料だったり、水だったり、あるいは兵器だったり。

 戦火がこの都市から広がらなかったことは、唯一の及第点と言っても良い。


 しかしいつのまにか戦争は激化し、本来の目的である事件の正当性なんぞ東西両サイドがとうの昔に捨て去り。今やどちらが都市の中心を制圧できるか、そんなくだらない戦争ゲームに成り下がってしまっていた。


 それに気づいた国々も戦争終結を願うが、悪化するばかり。


 そして戦争勃発からちょうど五年の月日が流れ、両軍は最終兵器の研究に成功。しばらく休戦モードに入っていた両陣営は、再びこの都市にて再会した。



 戦争は激化に伴い被害は増大したかと思いきやそうはならず、かといって減少傾向にあるかと言われればそれもまた違う。

 戦火が広がらなかったのとも繋がるが、この世界においては毒や放射能を使うといった卑怯な手段は決して使われることがない。それは何れ自国にも被害が回ってくると誰もが解っているから。


 そのため真っ正面からのぶつかり合いが戦の基本となっている。


 しかしそれでも被害数は一定に保たれている。それは、この世界の人々が独自で、あるものが使えたから。

 それは、現代日本においても憧れる人もいるであろう、魔法だ。


 主な戦い方はただただひたすらに高威力の魔法を撃ち放ち、敵よりも上回ったら勝利。


 一方通行だが、攻撃効率は火薬兵器よりも断然良いが逆ベクトルの魔法で相殺することができるため、被害を一定に収めることができたのである。


 誰かしらへの影響が少ないので怪我人も出にくく、長期戦は不可欠だが。



 被害が少ないとは言ってもそれは威力が抹殺されているからゆえにあり、遠距離から撃ち合う魔法は普通の人間が直撃したら耐えられない破壊力がある。

 防ぐ側は出来るだけ正確に相殺する必要があり、逆に攻める側はそれを交わすか打ち勝つのを狙っている。


 上空でこのような劇が行われているのに地上が安全なはずもなく。しかし上を見上げれば色とりどりのラインが引かれ芸術的であった。

 残念なことにぶつかった魔法は爆発や破裂を起こすことはなく、蝋燭ろうそくの火が消えるように儚いが、ロマンティストには危険を冒してまで見る価値のあるものだと言う。


 このような魔法の飛び交う危険地帯のそのちょうどど真ん中に、一軒の古びた施設があった。

 その中には現在のところは未だに戦争には加入していないが、両者がこの地で衝突する理由の一つがこの建物にあった。


 ――――正確には建物の中に囚われている、とある人物。


 戦争での主な攻撃手段は魔法であり、人が自ら生み出すもの。両者の開発した最終兵器も、強大な魔法の習得に成功したひとりの人間だった。


 魔法は無限に使用できるなんて便利なものではなく、人の体内にある、自然界の現象に接続するための鍵が不可欠だ。

 その鍵は使用するたびに消耗し、時間とともに回復する。実質無制限らしくはあるが、バッテリーと同じく、長きにわたり使い続けると最大容量が減っていく。


 日常生活においてはなんの問題もなく、暮らしているとおよそ70から80歳で魔法は使えなくなる。個人差はあるが多大な影響があるとは言えない。


 しかし戦争は別だ。戦争では1日で何度も魔法を使う。そのため高齢の人だけでなく若い者の中からも鍵の消耗によって体調を崩しやすくなっていた。


 破壊力のある魔法ほど鍵の消耗は激しく、疲れる。それが最終兵器なんて呼ばれるようなものならば、身体への負担が少ないはずがない。


 だから両陣営は、彼らの登場を控えさせていた。

 自分たちにとって最高のタイミング、この瞬間に全てをかけるために。


 その時が来たら未だ建物に留まる人物を自分たちの戦力に加え、圧倒的勝利を収める! そう意気込んで戦い続けている。

 本人の気持ちも知らずに……。



 建物に囚われている人物には、鍵の消耗がなかった。そのため二陣営から狙われているのである。


 自身にはその意思はなく可能ならば逃げ出したいと思っていたが、挟まれるように監視があり、上空は危険地帯。

 いや、この場所自体が危険地帯だった。


 囚われていると言ったが、捉えた人物は既に床で倒れ伏している。実際は自由の身だった。当然だ、魔法の使用が無制限。常人では太刀打ちできない。


 だからといってそれをいいことにゴリ押しただけ。戦い方など何も知らない。

 建物から出た段階でどちらかの陣営に捕まるのは目に見えている。


 このまま居座るしか選択肢がなかった。



 しかしこの均等も、この日を境に崩れた。


 その人物が建物から姿を現したのは、ほんの気まぐれ。何をもって出てきたのかは本人のみぞ知るところだ。


 だが、誰もがこのことを好機だと思った。


 両サイドはついに最終兵器の導入を決意。世界最大威力の魔法が、小さな島国の、一つの都市で衝突した。


 普通なら同威力なので打ち消し合うはず。しかし今回に限って言えば、どちらも純粋な力のみを研究した成果、運の悪いことに全く同じ魔法となってしまった。


 通常なら消滅していく魔法だが、同じ魔法ならば、衝撃が二乗される。


 この衝撃は一つの世界では収まらず、同一座標上に存在する異なる世界の一つの星――地球にまで及んだ。


 その影響か、ごく薄い虚無の空間に穴が開き、一瞬とも言えるほんのわずかな時間、世界が繋がった。


 魔法の衝突を真下から見上げていたはこの虚無空間に吸い込まれていき――――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る