第8話 地獄の底で逢いましょう
京介くん、私ね、最後まで、京介くんのことだけは信じてたよ。
最後にそう書いて、文章を締めくくった。
それは、ほとんど一目惚れで、でも彼と親しくしているうちに、気持ちはどんどん大きくなっていった。
恵が彼のことを好きなのも知っていた。だから、私が先手を打ったのだ。彼を失いたくなかった。彼が他の人と付き合うことになったら、私はきっと、生きていけない。そう感じたから。
彼が、私のことをそういう目で見ていないことも。私は、とっくに分かっていたのだ。京介くんは、きっと私じゃなく恵のことを異性として見ていて、私のことは仲のいい友達、と区分している。全部、知っていた。だから、彼が絶対に恵ではなく私を取ってくれる方法を考えた。
私が恵より先に、彼を好きだと言えばいい。
彼はきっと関係を壊さないために、私を選んでくれる。そうしたとしても、恵や洸希くんとは上手くいかなくなるのに。二人の気持ちを全く知らない彼は、そんなことにも気づかない。
好きだよ。と言ってくれた時は、嬉しすぎて倒れそうだった。彼が私の思いどおりになってくれることに、喜びがあふれ出した。
恵や洸希くんたちと仲良くなれたのも、心から嬉しかったはずなのに。たった一時期でも、大事だと思ったことは本当だったはずなのに。一気に私にとってはどうでもいいことになってしまった。京介くんがいてくれれば、それだけでいい。そう、自分に言い聞かせる。
私の心が中学時代に戻ったみたいに、またおかしくなり始めたのも、その頃だったと思う。彼が女の子と話しているだけで、なぜかすごく気になって。彼を問い詰めて、誤解だよと否定されると、私は叫び声を上げて泣いた。私以外の子を見ないで。他の子にあんなふうに笑わないで。お願いだから。何度も言った。
身の回りのことが、全く手につかなくなったのも、多分その頃からだ。だるくて、何もかもが億劫で、部屋に閉じこもるようになった。
大学にも行かなくなった。それを心配して、彼が毎日家を訪ねてきてくれるのも嬉しくて、尚更外に出ることを拒んだ。
そうしているうちに、なんだかすごく、死にたくなった。
生きている意味なんて、あるんだろうか。こんな自堕落な毎日を送っているのに、生きる希望、なんて言われても、全然ぴんとこない。
軽い自傷行為は、中学の時からたまにしている。しばらくなりをひそめていたけれど、また癖になってしまった。
どうせなら、彼と一緒に死にたいと。そう考えることも、多くなっていった。
恵に言われたことは、直接の引き金ではない。恵は私の言葉にかなりいらいらさせられていて、思ったことをそのまま言っただけだ。彼女は、悪くない。
それでも、死にたくてたまらなくて。次の日来てくれた彼に、私はとうとう言ってしまった。
上手くいくと思ったのだ。最後まで、彼は私と一緒にいてくれる。そういう確信があったから。
一緒にいてほしいと言えば、一緒に死んでほしいと言えば。彼は、私の言うとおりにしてくれると。
でも、彼は私を拒絶した。部屋を出て行く彼の名を、何度も呼んだ。でも、振り向いてはくれなかった。
こういう手紙を書くのは、初めてではない。中学の時、毎日のように書いていた。
そのはずなのに、ボールペンを持つ手が震えてしまう。京介くん、と一体何度書いただろう。彼はこの手紙を読んで悲しんでくれるだろうか。動かなくなった私を見て、泣いてくれるだろうか。
明日になれば、彼が会いに来ることは分かっていた。私の様子がおかしかったことに気づいて、きっと来てくれる。彼以外にこの家を訪ねてくるような人はいない。絶対に、誰よりも先に、彼が私を見つけてくれる。
不思議と、笑みがこぼれた。それでいいや、もう。くくりつけたシーツを首にかけながら、私は笑った。高らかに。
京介くん、一足先にいって、待ってるよ。
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