第6話 片思い
京介に惹かれた主だった理由は、なんと言っても優しいから、につきる。
彼は同年代の男の子と比べたら、断然大人で。そして気づかいができて、女の子に優しい。
私がそんな彼を好きになるまで、たいした時間はかからなかった。一緒にいた数カ月の間に、完全に彼に夢中になってしまっていたのだ。
自分の気持ちを自覚して、こんな思い、どうしたって伝えられないと悶々としている間に、また時間は過ぎていく。
そんなことをしている間に、京介と藍は本当にくっついてしまった。今更、後悔しても遅い。もともと、仲を取り持ってやると言って一緒にいたのだ。後悔どころか、万々歳のはずじゃないか。
けれど、結局私は二人の幸せを願うことなんてできなかった。
距離を置くことで、心の安息を保つことしか、私にはできない。弱いなあ、と思う。見た目は派手にできても、精神は簡単には鍛えられないんだな、と心底感じた。
京介と藍のことを忘れたいわけじゃない。ただ、離れたかった。自分を取り戻したかったのだ。
大分、それができてきたなあと思っていた頃、携帯電話に連絡があった。洸希からだ。
かなり長い文で、藍の様子がおかしいらしい、ということが書いてある。
大学にも来ていないなんて。大丈夫だろうか。
私は心配になって、連絡があってからすぐに家を飛び出し、藍の家へと急いだ。
何度も呼び出しのボタンを押したが、藍はドアを開けてはくれない。「藍? 恵だけどー」と呼びかけてみると、ようやく藍が顔を見せた。
その姿を見て、思わず言葉を失う。
久しぶりに見た彼女は、髪の毛はぼさぼさ、青白い顔、自宅だからジャージなのはいいとしても、着ている服は薄汚れている。
藍は隈のできた目元をこすりながら、
「久しぶりだね」
笑いもせず、真顔で「入る? 汚いけど」と言われ、うなづいて中に入る。
そして、私は再び驚いた。
何度か遊びに来たことがある彼女の部屋は、以前とは全く違うものになっていた。
几帳面な彼女が、きれいに整えていた部屋。今、その場所はまるでゴミ屋敷のようになっていた。
ゴミ袋が部屋中に積んであり、食べ物の跡が散乱している。見る影もない状態に、私は藍のほうを見る。
あんた、どうしちゃったの。
「驚いた? 何もかも、億劫になっちゃって」
「藍、こんな状態で、京介とは上手くいってるの?」
こんな心配しなくてもいいのにな、と自分でも思う。でも、二人のことを祝ってあげられなくても、私は京介にも藍にも、幸せになってほしいと思っているから。
藍は、すぐには答えなかった。しばらく黙って、くすりと笑う。
「ああ、そっか。恵、京介くんのこと好きなんだっけ」
かっと、怒りで顔が熱くなるのを感じる。彼女の言い方に、明らかな嘲笑が含まれていたから。
「かわいそう、恵。京介くんは私と付き合ってるのに」
「だから、何よ」
「きっとね、京介くん、私が一緒に死んでって頼んだら、一緒に死んでくれる。それくらい、私のこと好きでいてくれると思うの」
言いたいことはいっぱいあった。ふざけるな。それが本当の「好き」のはずがない。おかしいこと言ってるって、気づいてないの?
それらを飲み込んで、私は藍に鋭い視線を向ける。
「死にたいなら、そうすればいいじゃない。でも、京介は連れていかないで」
背を向けて、藍の存在を遮断してから、
「一人で死んで」
早足で外に出た瞬間、自分が言ったことを深く後悔する。でも、後ろは振り向かなかった。ただただ、彼女が京介は自分と死んでくれる、と迷いもせず言ったことが、許せなかった。
藍は大学にも来ていない。会った感じ、様子もかなりおかしい。でも、京介を連れていくことだけは。それだけは、しないでほしい。
藍だけならどうなってもいい、と思ったわけでも、勿論ない。藍だって大事な友達だ。元気に、幸せに、生きていてほしい。
頭を抱える。私は、一体、何がしたかったのだろう。藍を刺激するのが目的じゃなかったはずなのに、頭に血が上って、ああ言うのを抑えられなかった。
あんな状態の藍に、一人で死んで、と言ってしまった。大丈夫、本当に死ぬはずがない、そう言い聞かせる。
でも、もう、これで私たちの関係は終わってしまうだろう。それが残念でならなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます