第4話 見ないふり



 恵とおれは、いつも一緒だった。

 保育園で昼寝をする時も、大人相手にいたずらする時も。

 他にも幼なじみはいたけれど、結局、小中高、そして大学と全部同じ学校だったのは、さすがに恵だけだ。

 いつからこんな感情を抱くようになったかは、今となっては分からない。

 でも、いつしか親愛は恋愛へと変わり、おれは恵のことを好きになっていた。そして、その恋が叶わないことも、よく分かっていた。

 何ぶん、一緒にいすぎた、ということが大きな問題だったのだ。

 恵がおれを意識したことなんて、多分一度もないだろう。

 近くにいすぎて気づかないっていうのは、意外とよくあることだ。

 だから、恵にも、気づいてほしくなかった。あいつの、京介のこと。

 あれだけ近くにいたのに、あいつのことだけ意識するとか、恵のやつ、差別が激しいと思う。

 いや、違うか。京介だから、好きになることができたのか。恵は。

 京介のことが憎いだとか、そういう感情は少しも芽生えなかった。あいつは悪くない。ただひたすら懸命に、毎日を生きているだけだ。

 京介と藍が付き合い始めた、と言い出した後、おれはすぐ恵に呼ばれた。落ち着きのない顔、うつむき加減。こいつらしくない。


「どうしよう、私、無理だ」


 無理って、と顔を傾けると、恵は泣きそうな顔で、


「今までどおり、京介と藍と笑い合ったりなんて、できない」


 そう言って、自嘲するように笑う。


「バカだね、私。ほんと、バカ。仲取り持つって言って一緒にいたくせに、いつの間にか自分が夢中になっちゃってるなんて」


 おれは深いため息をつく。そして、恵の目をまっすぐ見つめる。


「おれもバカだった。こうなること、分かってただろうにな」


 ごめんな、恵。

 心の中で、ひたすら懺悔する。ただただ、辛い思い出になってしまいそうで、こいつに申し訳ない。

 同時に、どす黒い感情があふれ出す。


「少し、あの二人から離れたいの」


 よく、おれに。


「今、離れれば、まだ取り返しがつく気がするの、京介のこと、好きだって気持ちも」


 おれはその時、冷たい目をしていただろう。

 恵から、視線を外す。そして、ここにはいないあいつらを見るように、何もない空間を見上げた。


「よく、おれにそんなことが言えるよな……」


 恵が、「え? 何?」と心配そうに呟くのを無視して、薄い笑みを浮かべる。


「いいんじゃね、距離置くの。おれもそうする。なんなら、おれから京介に簡単に連絡しておくし」


 お前のことを好きなおれに、よくもそんな寝ぼけたことが言える。

 そんな気持ちは覆い隠して、笑えるおれは、なんて面の皮が厚いんだろうと思う。

 お願いね、と恵が紡いだ言葉が、ほんの少しだけ甘さを帯びていたことに救われる。

 おれが、自分の気持ちに知らないふりをすれば、恵は、おれから離れていかない。

 もう、戻らなくてもいいんだよ。

 そう言うのも、やめておいた。


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