第3話 崩れゆく
数カ月間、俺たちは色々なところに遊びに出かけた。
海に行ったり、山に登ったり。
心の距離は自然と近くなっていき、その頃になると藍は俺のことを「京介くん」と呼ぶようになっていた。
四人でいるのは楽しくて、あっという間に時間が過ぎてしまう。それでも全員、成績には影響はなく、それどころか優秀なくらいに保てていた。
ある日、みんなで勉強会をしていた時。あっと言う声とともに、恵の消しゴムが俺のほうに転がってくる。俺はそれを拾い上げ、恵に渡す。恵がそれを受け取ろうとした時、手が触れ合った。
「あ、ごめん」
なぜか謝る恵に、笑いかけると、恵は消しゴムを握りしめ、
「ありがとう」
その顔が、ほんのり赤く染まる。
最近、恵の血色がいい。恵は痩せているから、少し健康的になってきたということかもしれない。
その日、大学の帰り、藍を家に送って行き、別れ際に彼女に「京介くん」と呼び止められた。
「好き」
何を言われたのか、初めはよく分からなかったけれど、
「京介くん、好き」
重ねた言葉に、今までにない重みを感じる。
俺は驚きと、それよりも強い焦りに襲われた。
ここで俺が彼女をそんな目で見られない、と言ってしまったら、みんなと今までどおりいられなくなってしまうんじゃないか。
藍がいなくなれば、洸希と恵も彼女が俺に告白し、振られたことをいずれ知るだろう。そうなったら、もう、みんなで集まって楽しい時間を過ごすことも、なくなってしまうのではないだろうか。
だから、俺は。
「俺も」
ただ、今までどおりにいたくて。離れていってほしくなくて。
「俺も、好きだよ」
そう、答えていた。
俺の名を呼びながら、藍が抱きついてくる。俺は信じられない気持ちで、小さな身体を受け止める。
彼女が好きだ。でも、分からない。これがどういう好きかなんて。
背中に回された手に何度も力が入る。それだけで、何もかもかき消えた。不安も、焦りも。
そんなこと、分からなくてもいい。だって、これで、いままでどおりいられるんだ。
喜びが湧き上がってくる。
「大好き、京介くん」
俺も、好きだよ。きっと。
次の日、大学に行くと、藍が門の前で待っていた。一緒に教室が並ぶ廊下を歩きながら、
「京介くん、私たちのこと、二人に言おうね。付き合い始めたって」
笑顔でそう言うと、彼女は、じゃあお昼にまたね、と自分が受ける講義の教室へと入っていく。
俺は、額が汗をかくのを感じていた。大丈夫、いつもどおりだ。少しも、動揺などしていない。
洸希と恵とも、きっと今までどおりにやっていける。
そう、思ったのに。
昼になり、学食で藍が二人に「私と京介くん、付き合うことになったの」と告げた時、その空間の空気は、信じられないくらい冷たかった。
まず、恵が理解できないみたいな顔で、え? と呟く。
それから洸希が、わずかに怒りを含んだ表情で、俺を見る。
「そう、なんだ」
恵が口角を上げ、無理に絞り出したような声を出す。
その声を聞きたくないのか、洸希の口元が歪んだ。
思いもよらない反応に、俺は何も言えなかったけれど、藍は妙に饒舌に告白した時のことを語り始めた。
「私から告白したの。そしたら俺もって言ってくれて。京介くん、あの時も優しかったなあ」
このままでいたいから好きだと言っただなんて、絶対に口に出せない。
そのことは、あの時既に分かっていたことだ。
でも、それでも、その願いは叶うと信じていた。
それから一週間後、洸希から連絡があった。おれと恵は事情があって、少し京介たちから距離を置きたいと思ってる。そういう内容だった。
藍は、「いいんじゃない?」とまるで関係のない人のことを話すような口調で彼らについて触れる。
「大体、今までがおかしかったんだよ。あんなに四六時中べたべたしてるの、ちょっと異常だったよね」
異常、という言葉で言い表された俺たちの関係は、もう終わってしまったのだろうか。
もう、戻れないのだろうか。
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