番外編

きみがいない世界



 出会ってすぐに感じたことだ。香椎は彼女と似てる。似すぎている。

 見た目は全く違う。香椎の髪は肩下まで伸ばして長く保たれているが、彼女の髪はあごの下あたりで切りそろえてあった。

 つまり、容姿が似ているわけではない。かもし出す雰囲気が、時折見せる表情が、似ている。

 友達をつくるのが上手くない、というのは皮肉なものだ。本人のせいでもないし、他の誰のせいでもない。ただ実際、一人孤独に耐え続け、結果壊れてしまう人が世の中にはいる。彼女のように。

 現実では香椎と過ごし、その姿を内心彼女と重ねるのは悪いことだ。分かっているのに、どうしても思い出してしまう。泣いた顔、笑った顔、全部覚えている。


「先生?」


 心がざわつく。俺は自分の思いを隠すように微笑んで、「どうした? 香椎」と何事もなかったかのように顔を傾ける。


「何か様子がおかしいような気がしたから。でも、違うならいい」


 ほっとしている様子の香椎に、なんだかものすごく申し訳ない気持ちになる。ごめん、重ねていた。きみと彼女を。

 大学生の時、俺は一生の友と出会った。様々なものを得た。けれど、それだけじゃない。色々なものを失い、それでも前向きに生きていられるようになって、今、俺はここにいる。

 出会った人たちにものすごく救われた、と香椎に話したことも、嘘じゃない。でも、香椎は知らない。自分と誰かを、俺が混同しそうになっていること。

 香椎と彼女は違う。香椎は変われた。彼女は変われなかった。それだけのことなのに、こんなにも胸が痛むのは。俺が彼女を救えなかったから、だろうか。


『京介くん、私と死んで』


 すすり泣く彼女を、俺は受け入れなかった。怖かったのだ、あんなに小さな彼女のことが。それでも守りたいと思って手を尽くしたつもりだったけれど、彼女の心は、とうとう壊れてしまった。

 心配で家まで様子を見に行った時、部屋で動かなくなっている彼女と、手紙を見つけた。俺への思いが長い文章でつづられていた、

 こんなに苦しんでいたのに、拒絶した俺はなんて愚かだったのだろう。もっと励ましてあげればよかった。もっと、彼女に寄り添うべきだった。

 

『京介のせいじゃない。病気だったんだよ、あいつは』


 友人は、涙ぐみながら俺の肩を叩いてくれる。

 でも、彼女は最後まで、俺だけを思い続けてくれていたと手紙に書いてあった。俺だけが頼りだったと。唯一信じていた俺に拒否されて、彼女は絶望したに違いない。


『ごめん、京介。ごめんなさい。私のせいなの。私が死なせた』


 どんなに気遣ってくれる言葉でも、俺の心にしみいることはなかった。何もかもが空虚に感じた。だって、彼女はもういないのだ。

 もう二度と見られない彼女の不器用な笑顔を思い浮かべる。もうこんな悲しいこと、起こってはいけない。そう感じた。

 だから初めて香椎に会って日々を過ごしていくうちに、このままではいけないと思ったのだ。

 俺と香椎はすでに友達になっていたけれど、香椎はあと二年半で高校を卒業していく。自然と離れていく間柄なのだから、俺だけが友達というわけにはいかない。

 香椎と仲良くなれそうな共通点があり、俺が見ている範囲で、仲のいい友達が少ない、でも可能性を秘めた生徒。その条件で、声をかけたのがあの三人だった。

 思ったとおり、香椎と三人はみるみる仲良くなっていった。毎日楽しそうで、これはクロのおかげだと俺は思っている。

 香椎、柚野木、久賀岡、辻、そしてクロがいて。俺は穏やかな日々を手に入れた。でも、分かっている。いつまでも続くわけじゃないってこと。みんなここを卒業して、大人になっていく。

 俺はその時、初めて寂しくなるのだろう。彼女を失った時とはまた違う感傷にかられ、楽しかった日々を思い出すのだ。きっと。

 そして大人になったきみたちと再会して、思い出話に花を咲かせるのだろう。

 

『京介くん』


 そう俺を呼んで笑うきみがいなくても、世界は動いている。それが、少し寂しいよ。

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