第22話 永眠
私の言う通りにしてくれてありがとう。
この決断は私の責任です。
あなたに荷を負わせないから安心してください。
あなた以外の人に伝えておきますね。
これは私がしたことだと。
ああ、家に帰って来たんですね。
私、自分の家に戻って来れたんですね。
間に合った…。
本当はもっと言っておきたい事もあるけど、もう、声が出ません。
しゃべることができなくなりました。
自分の呼吸の音がやたらにうるさく感じます。ざー、ざー、ざー、ざー。
これ、息の音ですよね。
苦しくはないのですが、気になります。
息子と私の姉が側にいて、私の名前を呼んでいます。
目を閉じてしまうと、きっと2度と開けられないでしょうから。目は閉じたくありません。
あれ?ザーザーという呼吸の音が聞こえなくなってきました。
これはもしや、その時なのでは?
あのこはどこに?
まったく、いて欲しい時に居ないんだから。
何をやっているのか、
あなたは、私の言う通りに
……………………………………………
お母さん。
お母さん。
お母さん。
お母さん。
何度呼びかけても、もう呼吸が戻りません。
母は今、永遠の眠りにつきました。
最期は痛みとの闘いでした。
よく頑張りました。
痛みや不安から解放され、穏やかに眠ってほしいです。
お母さん 眠っていいよ。
私は母の薄く開いた瞼にそっと手を挿頭ました。
母の姉が「最後にぐるっと見渡すように、目を動かしたのよ。さよならというように」と教えてくれました。
今朝、ストレッチャーに横になったまま病院を出て、民間の救急車に乗り、酸素マスクをしたあなたの横で、私は声を出さずに泣いていました。
車に揺られ、涙で景色がぼやける中、
ふと私はあの頃の自分に戻ります。
「お母さん」と伸ばした手をあなたに振り払われた小さい頃の自分に。
母親に拒絶され震える心は恐ろしいほどの憎しみに変わりました。
幼稚園へと向かうバスの中、あなたを殺したいとはっきりと思ったのです。
あの日から、ずっとどこかにあった憎しみは、今はまるで消えたかのように見つからなくなって、不思議な事に、真逆の願いが溢れてきます。
振り払われた手を握り、またあの人もその気持ちに応えるように手を握り返します。
生きている。
生きているよ。
どうか家に帰るまで、あなたの命の火が消えませんように。私は、ただそれだけを祈りました。
よく頑張ったね。ちゃんと家に帰れたじゃない。ほんの少しの間だったけど、家で過ごせたね。皆もお別れに来てくれたんだよ。
わかってたかな?
最後の力を使って、私をかばってくれてありがとう。全てを引き受けて去ろうとするあなたの母としての優しさや強さをこんな形で見せられるなんて。
すごい人だね。お母さん。
結局私は、あなたから産まれ、あなたに育てられ、生きること、死ぬことの全てをあなたに教わりました。
やっと今、私達は辻褄が合いましたね。
親である事、子である事。私達の歪みや不協和音が、これでやっと寄り添いあって、お互いに親と子で存在したこれまでの時間を結ぶ事ができました。
…………………………………
長い間、あなたをわかってあげられなくてごめんね。
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