第21話 願望

やっぱり帰りたい。

私は自分の家に帰りたい。

病院は私にとって不安なところでした。

何本もの管に繋がれ、起きる事ができず、ここに来て、食事も出されなくなりました。

いや、食べたいわけではないのですが、痛みと戦いながら、何故生かされているのか、不安になるのです。

1日が長い。朝も昼も夜も、休息のような時間が無いのです。寝たきりなのに休息って変でしょうか、寝たきりは寝たきりで疲れるのです。ずぅっとずぅっとこの痛みと熱と闘っているようなものです。

私と同じような患者がたくさんいるのでしょう。夜になると暗い病棟のあちらこちらからナースコールがなりました。痛い、苦しい、助けて。私もナースコールを押しますが、待てど暮せど誰も来ません。放っておかれる不安が更に私を苦しめます。


だからあなたが来てくれて、ほっとしました。

ずっと側にいてくれて、心強いです。

特に長い長い夜。あなたが付き添って、怠重くなった私の足をさすり、動かしてくれた事や、氷枕を替えてくれたり、汗を拭き、タオルを取り替えて、常に世話をしてくれた事には本当に感謝しています。


病院のベッドであなたと寝起きを共にした2週間は、あなたは私の手となり足となり、私が言うとおりに動いてくれましたね。

だけどごめんなさい。人は簡単には変われないのです。私はここでだいぶ我慢をしてきたつもりでしたが、時にこだわりが強く、あなたの眉間にシワが寄るのがわかりました。

でも、言われた通りにしてほしいのです。

あなたは余計な事をせずに、私に言われた通りの…。


また、瞼が重たくなりました。

目を開けているのか辛くなり、目を閉じますが、心のどこかで、このまま、目を開けることがないのではないかと思うのです。

瞼のカーテンの向こうからあなたの声が聞こえます。

 

 

………………………………………


母が、家に帰りたいと言っています。

今動かすのは難しく、母の身体がそれに耐えられないかもしれません。

だけど、それが母の望みなら、叶えてあげたいのです。

母の望みを諦めてほしくないのです。


 …………………………………………




瞼のカーテンが薄く開きました。

あなたが私を上からのぞいています。

「お母さん、家に帰ろう」

「うん」



   ……………………………………



モルヒネが追加されると、痛みが和らぎ少しらくになりました。ふわふわとした意識の中で、いろんな人が訪ねてきます。夢か幻かそれとも現実なのか。身体もさわさわと風の中にでもいるように感じ、もう天に向かっているのかと思うこともあります。

あなたが握る手の力や温かさで、とぎれとぎれにまだ生きていると感じているのです。


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