第20話 目覚め

どのぐらい眠っていたのでしょう。

最近の私は眠ってばかりいます。


目を覚ますと、そこは病院のベッドだったり、あなたのマンションだったり、

今では私一人しか住まない我が家だったり、友達の家だったりします。


手術の後、あなたのマンションに世話になっていた頃…。

いつも寝床に湯たんぽと、枕元に温かい飲み物を用意してくれました。まだ傷が癒えない私の事を風呂に入れて頭から足の先までよく洗ってくれ、清潔な香りのタオルに包まれ、パジャマに着換え、ドライヤーで髪を乾かしてもらって…、自分の事を丁寧に大切に扱ってもらえる幸せに目を閉じました。


そうだ。

答えておきますね。

「育て直さなくても、十分いい娘に育ったよ」

あなたがカウンターの向こうで、お昼ごはんを用意しながら、「何よそれ?」と笑っています。

あなたが、気にしていたからです。自分は母親に認められていないという事を。

ついでにもうひとつ。言っておかなければなりませんね。お互いのために、勇気を出して言ってみます。「大好き」

カウンターの向こうであなたはどんな顔をしていたかしら。涙を隠していましたね。


あなたはこの言葉を私の口から聞くとは思っていなかったでしょう。でもね。覚えていないだけです。だって、あなたが産まれた時から、あなたが喋りだすまでの毎日、私はあなたに「大好き」と言っていたのですから。

あなたもほんの小さい頃は、私に甘え、私にまとわりつき「お母さん大好き」と言っていたのですよ。

忘れてしまったのでしょう。

あなたが物心ついた頃から、あなたは私の事が嫌いだったでしょう。

私も同じです。あなたに対して嫌悪の情をもっていました。

私達親子の間にできた溝は深く、時にゴウゴウと渦巻くように激しく水が流れ、長い間、お互いに濁流を眺め、対岸の心が通わない者の存在を見つめていました。


側に居ない事が平和だった。


そんなあなたに、頼らなくてはいけなくなる日が来るなんてね。

病や老いは悲しいものです。

あなたに対して、こんなにも弱い自分を曝さなくてはいけないなんて、あなたに支えられ歩く、あなたの判断に従う、しかたなく黙る。

私の余命はあとどのぐらいでしょうか。

最近は、本当に、すぐに横になってしまいます。体力がなく、気力も無いのです。


抗癌剤の副作用で手足が痺れる事が、こんなにも辛いとは知りませんでした。

あなたが心配していた副作用について、私はよく考えなかったのです。知ろうともしませんでした。後悔は先に立ちません。

あなたに、残してあげられるものが何もありません。今更あなたに母親らしい事をしてあげたくなるなんて、皮肉なものです。

でもやっとのことで、薄いマフラーを編みました。あなたに気に入ってもらいたいです。

私も、あなたに認められたかったのかもしれません。優しくて温かい母親だと真っ直ぐに眼差しを向けてほしかったのかもしれません。


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