第19話 作戦開始
スマトラの指導のもとに必要なプログラムの構築が完了した。
一連の作業で技術的に得られたものが多く、その分僕の頭はパンク寸前だった。糖分が足りない。甘いものが食べたい。しかし小休止の暇もなく、海賊たちは作戦の進行に余念がなかった。その勤勉な雰囲気は、僕が海賊と聞いて連想していたような刹那的で享楽的な性質を微塵も感じ取れなかった。
「穴開けたらパトロールも流石に気付いてすぐに駆けつけてくる。素早くやるぞ。準備はいいか」
スマトラの呼びかけに僕は何か言おうとしたが言葉が出ず、ただ彼を見て頷いた。緊張しているのだろうか。
そんな僕の様子を見たスマトラは、ニヤリと笑って
「楽しもうぜ」
と言った。
ユカは僕らの少し後方からコクピットルーム全体を眺めつつ、様々なデータに目を走らせていた。
彼らのスタッフのひとりがコンテナ側の扉からユカのところにやって来て話しかけていた。
「何だ、ヨナグニ。持ち場はどうした」
「いやあ、見るなら今だと思って。これ」
ヨナグニと呼ばれた男はふたつの小包を見せた。
「おいおいおい勝手に持ち出すなよ。それは流石に困るぞ」
突っ込んだのは先輩だった。
それもそのはず。その小包は僕らの積荷だった。要するに客のものである。どちらも宇喜多爺さんのタイムカプセルの鍵が入っているやつだ。
確かに困るが相手は海賊だ。こういう事がない方がおかしいくらいだ。積荷を奪われ賠償金が発生するかもしれないが、僕はもう高い授業料のうちとして色々と不満を飲み込んでいた。その代償のつもりでこの脱出劇を手伝っている訳でもある。
しかしその包みをくるくる回して見ていたユカの反応は予想外の表情に現れた。
軽い驚きに目を開き、そして口元に笑みを作った。
そう見えた。
ユカは先輩に向かって
「心配するな。届け先に迷惑はかけないよ」
と言った。
「本当か」
「多分な」
ユカはちらりとディスプレイに視線を走らせ、眉を釣り上げた。
ユカの曖昧な答えに先輩はさらに突っ込もうとしたがその口はユカの指先によって動きを封じられた。その指先は唇にあてられ、次に顎をさすり、最後にはワイングラスを揺らすような仕草で先輩の顔を弄んだ。
「後でゆっくりお話ししてあげるから、少し黙っておいで」
ユカが急に雰囲気を変えて妖艶な表情をみせたことで、先輩は完全に沈黙した。
僕は心の中で(なんかすげえ)と思ったが、スマトラたちは顔だけで苦笑していた。見慣れた光景なのだろうか。
ユカはすっと先輩に背を向けると、雰囲気を元に戻した。
小包の件は結局有耶無耶にしたままだ。
「作戦開始だ。かかれ!」
「反応きました! 早い」
「トラフィック遅延処理」
「やってます」
ユカたちは矛盾解数式の三点攻撃を実施してすぐ、パトロール側の警戒シグナルを探知していた。スマトラは計画の主線軸が担当で、索敵はクレタという女性のクルー、パトロールへの妨害工作はヨナグニの仕事のようだった。
「奴ら、流石に学習してますね」
というヨナグニの口調は軽かった。
「探査ロボットを仕込んだか。方向性はいいが、遅いな」
ユカの表情は揺らがなかった。
「このままでいいですか」
「しっぽぐらい見せてやれ。ガッついてくるから」
「人が悪いなあ」
スマトラの態度にも余裕があった。
僕は感嘆の気持ちをかろうじて胸の奥に潜めていた。
(この人たち、トポロの技術を鼻であしらっている!)
ヨナグニの妨害工作は僕から見れば奇想天外ものだった。
待機ログのルート構造体全体に波を起こしてアメーババイクの進行を阻害していたが、同時に進路上の他の船たちも激しい揺れにさらされていた。彼らはおそらく時空振動に巻き込まれたとでも思ってしまうだろう。その上で様々なオブジェクトを物理エディタの先端から生じさせ、次々に論理空間へと放っていった。オブジェクトは多彩だった。車や人、電車に飛行機、図鑑でしか見た事のない鳥や魚まで複雑な形状のありとあらゆるものを象っている。今頃トラフィックの管理担当はパニックに陥っているだろう。僕にとっても他人事ではない。物理エディタにこんな使い方があるなんて聞いた事がない。
「どうだ?」
ユカがクレタに聞いている。
「手練れっぽいのが一人いますね。波を超えてきちゃいました」
クレタの手元のディスプレイにはレーダー反応が写っている。中心に向かってひとつの点が近づいてくるのが見えた。
「やるな! スマトラ!」
「頃合です。船長のお望みどおりのタイミングだ」
「はい、こっちはやり切った」
と言ってヨナグニが両手を上げた。
「エンジン転換。スライサー起動。姿勢良し」
「もうすぐそこです」クレタの声が弾ける。
「出ろ」ユカが指示を出す。
サブディスプレイにアメーババイクの姿が映った。
ハープーンを構えている。でっかいかぎ針が先端についた銛をバズーカみたいに構えて、この船を狙っている。
先輩の悲鳴が聞こえた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます