第18話 矛盾解数式
僕は一瞬、考えてしまった。未知の技術を持った海賊として宇宙を股にかける破天荒な日々のことを。そんな人生もありなのかもしれない。
「いやいやいや、お前悩むなよ、ダメでしょそんなの」
と横で聞いていた先輩が慌てて口を挟んできた。
「こんな遠い宇宙で俺一人置き去りになんて、こ、困るからな!」
強めの口調を試みて懇願の気配を見せる姿はなかなかに哀れを誘われてしまい、ついついからかいたくなる。
「大丈夫ですよ。なんだかんだで誰か拾ってくれますよ」
「おま、ちょっとギンミさん?!」
これ以上やると逆上しそうに思えたので、「冗談ですよ」とすぐにフォローした。この人ならどこの宇宙でもそれなりに生き延びていけそうな気もしたが、流石に僕も仕事を途中で投げられない。今後のライフプランもめちゃくちゃだ。だが海賊として生きていくのならばそんなことも関係なくなる訳だが……
また考えてしまた僕の肩を、ユカがぽん、と叩いて先輩に話しかけた。
「すまんすまん。私の悪い癖なんだ。可愛い子を見ると放っておけなくてな」
「そいつは俺の、いやこの船の、うちの会社の演算士だぞ。勝手に持っていくな」
「ああ、わかってるよ。一回、ちょっと借りるだけだ」
「ちょっとだぞ」
「了解だ。……さて、スマトラ! この少年に手順を説明してやれ」
先輩はまだ怪しんでいるのか、じっとりとした目線で僕を見ていた。
スマトラの話を聞いていると、そんなことで良いのかと言うほどやり方は単純だった。
①ワームルートの壁のどこかに脱出点を決める。
②脱出点を中心とした正三角形の頂点に当たる位置に矛盾解を持つ数式を打ち込む。すると周辺の論理構造が問題の解決のために3点に向けてリソースを割く。
③三角形の中心の論理構造が手薄になる。
④そこに侵入し物理エディタを接触させる。
⑤壁に穴が開き通常空間に放り出される。その時ロジカルコートが剥がされ壁の穴を埋める。
という流れになるのだが、
「ほんとですか、これ」
という僕のリアクションにスマトラは得意げに反応した。
「まあそれぞれの局面でそれなりの準備は必要だ。何度かやってるから実績は折り紙付きだぞ」
「④番目の段階の話だけど、これって船を壁にぶつけるってこと?」
「そうだが、別に勢いはいらん。角度を決めて直進すればいいだけだ」
「こんなんだけでワームルートのセキュリティを突破できるんですか」
「今この船はルートアウト時にエラーが出たことで待機ログに処理を回されている。じつはこっち側は構造上壁が薄くてな」
「ほんとに?……なんでそんなこと知ってるんですか」
「蛇の道は蛇ってな。いろいろあるのさ。お前にはまず矛盾解数式の構築を手伝ってもらう。そのあと、そうだな、位相同期解除のプログラムを手伝ってもらおうか」
「船を元に戻すってこと?」
「そうだ」
「それ僕に出来ます?」
「多分な」
僕は背中にゾクゾクとした感触が走るのを感じた。
「面白くなってきた」
という言葉を誰にともなく口にしていた。
何故だかわからないが、この時僕は深く後先を考えていなかった。目の前の非日常的なイベントに心を奪われていた。要するに、楽しかったのだ。自分にこんな一面があるなんて知らなかった。コツコツと手堅く間違いなく人生を進めてきたはずが、きっかけひとつで海賊と行動を共にしてしまい、犯罪を犯そうとしている。しかもそれを受け入れ楽しんでいる。
スマトラが言葉を続ける。
「さっきの手順に⑥を追加だ。通常空間に出た後すぐに亜空間に移動し、そこで同期解除を行う。我々はそのままワープで離脱する。君らの脱出はこちらでサポートする」
聞いた事のない単語があった。
「亜空間? ワープ?」
と僕は聞き返した。
「そうなるよな。君たちのこの宇宙にはない技術だ」
「へー。どんな事なんですか」
「それはその時のお楽しみだな」
スマトラの指導で矛盾解数式の構築に取り掛かったが、これは思っていたよりも早く出来た。それですぐに同期解除プログラムの構築に移ったのだが、これは非常に難解だった。不思議なことに異なる二つのメインシステムが同居してどちらからでも船を操作できる状態になっていたが、いくつかのオブジェクトでは互いの機能が相互に関連してしまい、プログラムレベルで融合していたのだ。
「こんなの……まるで生き物みたいだ」
思わず呟いた僕を横目に、スマトラは面白そうに笑っていた。
この状態を破綻なく切り離すための作業が進んだ。
そして解除プログラムの構築段階で僕はあることに気づいた。
「これってまさか……そんなことあるのか」
「気づいたようだな」
スマトラはこちらを見ずに応えていた。
僕の反応は予期していたのだろう。
「あなたたちは一体、なんなんだ」
「俺も不思議に思ってるところだ。お互い様だよな」
僕はちらりとユカの方を盗み見た。聞こえているのかいないのか、彼女の表情はニュートラルなまま変化がなかった。
にわかには信じがたいことだったが、なんにせよ後で確認できるだろう。自分の目で見て理解するしかない。
驚くことばかりで混乱しないようにするだけで精一杯というところだった。そんな落ち着きのない状況の中で僕はスマトラの言ったことがずっと頭から離れなかった。ワープ。亜空間。
君たちの宇宙にはない技術だ。とスマトラは言った。僕の知ってるどの宇宙でも聞いた事ないけど、それなら彼らはどこからきたと言うのだろうか。
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