第17話 何事も勉強
「どうだろう。分からないですね」
と僕は答えた。答えながら間違っている気がした。
「不思議と知っているような気がする。他の宇宙で縁でもあったかな」
女の視線はまっすぐに僕のそれと合わせられていた。女は僕よりも一回り年上に見えたが、その瞳には幼い子供のような透明な深みがあった。同じような目を、僕は確かに知っているように思えた。
意識の奥で何かがカチリと音を立てて噛み合って、先刻からずっと感じていた違和感が和らいだ。僕は落ち着きと余裕を少しだけ取り戻した。
「もしかしたら、そうなのかもしれないですね。なぜそう感じるのかは、やっぱりわかりませんけど」
「そうだな。私の名はユカ……うん、ユカと呼んでくれ」
ユカの隣にいた小柄の男が一瞬片眉を釣り上げたのを、僕は見逃さなかった。
他にも後ろに控えている者たちの気配から、ユカが自分の名を告げたことは少なくとも意外な展開だったと思われる。
「どうでもいいけどさ、結局どういうつもりなのよ」
と、話を強引に切り替えようとしたのはやはり先輩だった。
「俺はてっきり宇宙海賊に襲われたもんだと思ったんだわ。あんたらロジカルコートの不具合とか言ってたけど、ちょっと無理がないか? 別にこんな乗っ取りみたいな真似しなくてもSOS出して救助待ってりゃ良いし。やり方が無駄に手が混んでて胡散臭いんだよ」
いつもの口調ながら的確な指摘に僕は驚いた。
ユカはそれに対して鷹揚に応える。
「君の指摘は正しい。先刻の説明は君たちを落ち着けるための嘘だ」
その言葉をきっかけに、彼女の背後にいた者たちが音もなく左右に広がり、それぞれがいつの間にか手に銃をもち、銃口を僕らに向けていた。
「改めてご協力をお願いする」
ユカは隙のない笑顔でそう言った。
ルートパトロールのアメーババイクはすぐ近くまで来ていたのだった。
通信機能をやられていた僕らにはその状況すら把握できていなかった。
ユカら一団の要求は、パトロールをやり過ごした後、ワームポートを通らずに虚数空間から脱出すること。そのために僕らが手を貸すことだった。
「そんなことが可能なのか」
とは、僕はもう言わなかった。彼らが僕の理解を遥かに超えた技術力を持っていることはすでにわかっていた。むしろどのようにそれを実現するのか、その方法や技術に興味が湧いていた。
ワームポート付近のトラフィックデータに異常を検知した管制局がパトロールに依頼を出して状況の確認に来たわけだが、最近はデメリクも多発で彼らも多忙を極めている。彼らにしてみれば日々生まれては消える案件の一つでしかない。ぞんざいな誰何なり職務質問への対応に最も適した男がこの船にはいる。
先輩は極めて軽い口調で一時的な不具合が起きたことと問題はすでに解決したことを伝え、パトロールのめんどくさそうな態度を引き出していた。後で何か追求されてもこの調子で誤魔化して欲しいものだ。パトロールは一通り記録を取ると、忙しそうに次の現場へと駆り出されていった。
その間、シートの影で僕らに銃口を突きつけて待機していた者以外の海賊たちは、カメラに映り込まないように貨物コンテナの中で事の経過を監視していた。パトロールが過ぎ去ると彼らはゾロゾロとまたコクピットに戻ってくる。あんまり広くないのに二隻分のクルーがひしめいているので非常に暑苦しい。
ユカが口を開く。
「さて、そろそろ取り掛かろうか」
小柄な男がメインシートに我が物顔で居座ってシステムの調整をしている様子を見て、僕はユカに話しかけた。
「あの、どうせなら手伝わせてもらえませんか」
ユカは軽く目を開いて
「良いのか? そんなことを言って」
と苦笑まじりに応えた。
「早く終わらせたいってのもあるけど、どうやってルートの壁を越えるのか見てみたい。まあ、好奇心ですね。あるいは向上心。それに僕らは銃で脅されているわけだから仕方ない事だし」
「ずいぶん前向きな考え方だな」
「何事も勉強ってことで。十分高い授業料払ってる気もするし」
ユカは面白そうに口の端を吊り上げると、作業中の小柄な男に話しかけた。
「スマトラ、探してた助手が見つかったぞ。期間限定だけどな」
スマトラと呼ばれた小柄な男が手を止めて振り返る。
「船長、本気ですか」
「これも何かの縁だ」
「手の内を知られることになりますよ」
「彼は言わないよ」
「いつもの勘ですか。まいったな。それ出されると」
「通常空間への脱出までだ。それとも、君このまま一緒に来るか?」
ユカは言いながら僕の表情を伺った。
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