第16話 論理融合
船内は真っ暗だったが、それはただの暗闇ではなかった。静寂の後、チリチリという高い周波数の音があちこちから発して聴覚を刺激した。壁や床、シートやディスプレイなど、そこにある全てのものが異音を発しているみたいだった。
やがてその音の響きが徐々に弱り、少しずつ静寂が訪れた。耳の奥ではまだ潮騒の名残のように音がさざめいている。
「船体情報の位相同期完了。論理融合を確認」
突然背後で声がした。
聞いたことのない声だ。
「ご苦労さん。照明を」
「了解」
数秒後、船内の照明が復活した。
暗黒に包まれた時間がどれくらいだっただろうか。長かったようにも、一瞬のようにも感じられた。光を失う事は時間のあり方を忘れてしまう事と等しいのかもしれない。一秒だったと言われても、一週間経ったといわれても信じる事が出来そうな気がしたが、何らかの空白が自分の中に生じたのは確かだった。
何かがおかしい。
何かが足りない。
疑問符が次々と沸き起こる。
船の様子もおかしかった。僕はメインシートに座ったままでコンソールに手をついていたが、いつもの感触と違う気がした。それだけではない。見回すと、船の中が全体的に年季の入った雰囲気になっていた。ところどころ錆びつき、隅には埃が溜まり、壁面は色あせていた。
サブシートにいた先輩はすでに立ち上がっていた。
僕も周囲に注意を配りながら、メインシートから身を乗り出した。
そして後部座席の方を確かめる。
数名の人間がいた。
全員が口から下をマスクで覆っていて、人相がわからない。それぞれ服装はバラバラだがある種の統一感はあった。堅気ではない。
「どこから入った?」
侵入者に対して先輩が質問を飛ばした。
「入ったんじゃない。合わせたんだ」
答えたのは手前にいる小柄な男だった。
「合わせた? どういうことだ」
「そのままの意味さ。ここは君たちの船の中であると同時に私たちの船の中でもある」
「おかしな謎かけしてんじゃねえ。何のつもりだ」
「事実を言ったまでだ。悪いがこっちも必死だったんでな」
僕は思考を何とか巡らせた。
「そんなことが可能なのか」
「自分で試してみれば良い。事前にちゃんと内部をスクリーンして人の位置が同期しないように調整はした」
僕は言葉に詰まった。いい加減な出任せを言っている雰囲気ではない。
僕はもう一度周りを見回して言った。
「彼女はどこだ。どこへやった」
「彼女? 何のことだ」
「もうひとり、いただろう」
僕は話しながら、何かがおかしいと思った。
小柄の男は後ろを振り返ったが、目を合わせたもう一人は首を振った。
「人間は二人しか観測していないが……他に誰かいたのか?」
逆に質問されて僕の思考は一瞬停止した。
おかしい。もうひとり……もうひとり?
「どこにいたんだ」
また質問されて僕は隣のサブシートを見た。
そこには頭を抱えた先輩がいるだけだった。
「……お前、やっぱり脳をやられたんだ。だから止めたのに」
先輩はそう言うと同時に、医者から恋人が不治の病であると知らされたかのような仕草で、大仰に両手で顔を覆った。
その様子を見て、僕は呆然と立ち尽くしてしまった。
侵入者たちの中で少し後方に立っていた一人が前に出てきて、その場に漂った不可解な淀みに水を差した。
「突然このような事態に巻き込んだことは謝罪する。しかし私たちには君たちに危害を加えるつもりはない。まずは落ち着いて話をしよう」
凛と張った声だった。その響きだけで場の雰囲気が変わってしまうような。
女の声だった。女はマスクを取った。
綺麗な人だった。綺麗でしかも可愛いというタイプで、横から先輩が唾を飲み込む音が聞こえた。その音で僕も妙に我に帰る。
侵入者たちのやりとりを聞いていると、どうやらその女がこの集団のリーダーのようだった。
原因は不明だがロジカルコートに不具合が発生し、ワームルート上での推進能力を失って立ち往生していたらしい。実空間への復帰もできず、たまたま近くの座標を通りかかった僕らの船に強引に位置情報を合わせてきたのだ。
「偶然だったが船の型式が似ていてね。悪いとは思ったんだが、まあ都合がよかったんだ」
そう話す彼女からは、見た目の若さと釣り合わないくらいの落ち着きを感じ取ることができた。
しかし僕は彼女と彼らの言葉を頭から信じたりはしなかった。
疑問符が頭から消えない。絶対に何かがおかしい。
特にこの人。この女。
知らない人なのに会ったことがあるようにも思える。
怪訝な視線を向けて見ていると、同じように向こうもこちらを見ていた。
女はふと近づいて来て、その位置で僕の顔をじっと覗き込むようにした。
「なん……ですか」
僕は対応に困ってそう聞いた。
「どこかで会った事があるか?」
と聞いてきた。
僕はますます混乱した。
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