第15話 スローモーション

「速すぎる」

 何となく、口にした言葉がそれだった。

「そうですね、私も今、そう思ってました」

「まるでこの船を知っているみたいだ」

「それに、あくまでセキュリティの突破を図っているだけで、破壊行為などは一切行われていません。何か、はっきりとした意図を感じます」

「狙われているのは……」

「システム中枢の管理権限と航行能力に絞られているかと。動力系や生命維持に関する機能はほぼ無傷です」

「……僕らが自由に動けないようにしている?」

「あるいは遠隔操作を試みているのか。どちらにせよ乗組員に危害を加える気はないのかも。それが何を意味するのかは分かりませんが」

 誰かがいる。見えない所に誰かが。僕はそう思う事にした。そうする事で逆にパニックに陥りそうな精神状態を鎮めていた。具体的な対象を思い浮かべる事の重要性を、僕はこのとき思い知った。たとえ近くに掴めるものが無いにしても、真っ暗な中にいるよりは薄暗くてぼんやりとしていても何かが見えていた方がいい。仮にこれを敵だとする。理由はともかく、己の身に危害を加えようとする有害な存在だと仮定する。そのように具体的な対象を定める事によって、散漫になっていた意識が集中し始めた。

 僕は姿勢を正し、もう一度コンソールに手を置いた。

「轟さん」

「大丈夫。融合はしません。ダミーを仲介させて、自分の体で出来る限りの事をやってみます」

 僕がそう言い切るとユカマリは反論しなかった。その表情を確かめて、僕はコンソールを叩いた。早打ちの訓練がどこまで成果を出せるか。可能な限りの抵抗をするつもりだった。ディスプレイの半分では着々とシステムの防壁が解除されていく様子が映し出され、その対応を試みる僕の影響力はほとんどスローモーションのようにしか思えなかった。急場凌ぎのトラップをしかけて敵の進撃を逸らそうともしてみたが、相手はそれには目もくれなかった。まっすぐに中央に向かって走ってくる。最短距離だ。まるでこの船のシステムを完全に把握しているかのように。それでも僕は淡々と次の手を打った。得られる視覚情報を処理し、一瞬に思考し対策を練り指先を動かした。即席のプログラム、オブジェクトの差し替え、思いつく限りの手を休み無く放ち続けたが、相手の勢いを止める事は全くと言っていいほど出来なかった。システムの力を借りないと、人間はこんなにも無力なのか。そんな思いが頭をよぎった。そして、僕が抵抗を開始してから約三分が経った時、システムは僕からのアクセスを拒絶した。

『管理者のパスコードが変更されました』

 そのメッセージは敵のミッションが遂行された事を意味した。

 僕はコンソールから手を離し、隣のユカマリを見た。彼女は両手を口に当て、驚いたような顔で僕を見ていた。サブシートの後ろには先輩が背もたれにしがみつくような格好で居て、ユカマリと同じような表情をしていた。

 僕は

「ごめん」

 と言った。でもユカマリは

「すごい……」

 と言った。

「お前、本当に人間か?」

 と先輩が言った。

 ふたりが何に驚いているのか僕には分からなかった。

 そして船内の照明が一斉にダウンした。暗闇の中に浮かぶディスプレイの光もひとつずつ消えていった。重力制御の影響がなくなり、体が浮いた。最後に残ったメインモニターが消える直前、ユカマリがシートを離れて僕の方に飛び込んできた。彼女の体を受け止めようとした瞬間、船内からすべての光が消失した。暗闇の中で、僕は確かに彼女の手を握った。

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