第14話 不可解なハッキング

 僕は先輩の方に片手を広げてみせて、横槍を制止する。

「何か、トポロでのみ握っているような技術者専用の技とか無いんですか」

「うーん、あるにはありますが、実は既にもう私に出来る範囲の事は試しちゃったんです。結構システムの奥に潜っていろいろやっちゃったんですけど……黙っててゴメンナサイ」

「そうですか。いや、別にいいんです。問題は現状をどう解決するかなんで」

「ありがとう。でも、船の管理者に黙ってやっていいものか、私も迷ったんですが、守秘義務とかもあって」

「状況が状況ですから。ただ、何やったかだけ教えてくれませんか? 俺も勉強になるし、ちょっとだけ。最近その辺の知識を脳に慣らしてるとこなんですよ」

「えーと、どうしようかな」

「概要だけでも。いちおう自分の船の事だし。絶対口外しませんから」

「困ったな……内緒ですよ?」

「大丈夫。今なら誰も聞いてません」

 僕がそう言うと、ユカマリはちょっとためらった後につま先立ちで僕の耳に口元を寄せた。語られた内容は目から鱗で、彼女の息づかいはくすぐったく、何より距離が近づいた事でとてもいい匂いがした。この情報は僕の脳にしっかりと刻み込まれた事だろう。

「ちょっと俺の話も聞いてよ!」

 不謹慎な方向に忘我しかけた僕の意識を呼び戻したのは、奇しくも後方で完全に忘れ去られていた先輩のヒステリックな叫びだった。

「なんですか、さっきから」

 僕は二度寝の最中に無理矢理布団をはぎ取られた時のような苛立ちで反応してしまった。

「これ! 変だよ!」

 先輩が指差したのは、サブディスプレイの隅っこの方にあるセキュリティアラームの警告メッセージだった。

「え?」

 思わず声が出た。システムチェックの間には全くそんな兆候はなかったのだ。ユカマリの方を見ると彼女も同じみたいで、お互いに怪訝な視線を交わす事になった。それから慌ててコンソールに取り付いた。いくつかの情報をウィンドウに呼び出すと、どうやら確かにハッキングを受けている。しかもシステムのかなり深い所まで侵入されてしまっている。

「そんな馬鹿な。さっきまで全然」

 ユカマリのサブシートに取り付いて状況の確認に入った。

「いったいどこから……」

 ユカマリはそうつぶやいた。そう。そして問題はもうひとつある。いったい、誰がこんな事をやっているのか?

 いくら時空間通行免許を持っているとは言っても、我々はただの運送屋である。誰かに攻撃を受けるいわれなど無い。訳が分からない。

「くそっ、なんなんだ」

 僕はそう吐き捨てて、システム融合の体勢を取ろうとした。

「潜って見てみる」

「轟さん、待って」

 ユカマリが手を僕の手の上に重ねて言った。

「今の精神状態では直接融合は危険です。落ち着いて。脳をやられますよ」

「でも、このままじゃ」

「干渉状況が不透明です。もしも莫大なデータ流にふれてフラッドアウトしたら、あなたが植物状態になってしまったら、私たちはどうなるんです。湯川さんは当てにならないし、私はこの船のシステムには不慣れです。せいぜいメインフレームを監視する程度で、細かい操作系はお手上げです。あなた、かなり独自のカスタマイズしてるでしょ」

 僕は言葉に詰まったが、

「何もせずに船を乗っ取られるよりましだ」

 と言って抵抗した。するとユカマリは厳しい表情になって

「どうしても行くと言うなら、私の権限であなたを船の管理登録から除外します」

 それこそ本末転倒だと思ったけれど、ユカマリの目に断固とした厳しい光が見えた気がして、僕の感情は波が引くように落ち着きを取り戻し始めた。

 メインシートの体勢を元に戻し、溜め息をついて頭を抱えた。こうしている間にもセキュリティへの浸食はどんどん進んでいるようだが、抵抗の手段が思いつかない。

 ユカマリは隣で胸を撫で下ろし、安堵の溜め息をついていた。本気で心配していたみたいだ。

 冷静になって考えてみると、確かに僕が取ろうとした行動は博打以外の何ものでもなかった。彼女に感謝しなければならない。止めてくれなければ今ごろひと足先に死後の世界を漂っていたかもしれなかった。

 打てる手だてを思いつかないまま、疑問ばかりが大きくなっていった。いったい、誰が何のためにこんな事をしているというのだろう。状況が状況なので、可能性として考えつく対象も限られてくる。例えば時空間移動を完全に否定している宗教やテロ活動家がいるという話は聞いた事があるが、そんな輩がウチみたいな弱小中小企業の運送屋を標的にするというのも考えにくい。全くと言っていいほど効果がない筈だ。

 しかし、何か引っ掛かる。おかしい。ディスプレイ上のデータの変化を睨みつつ、一方で釈然としない何かがある。違和感があるのだ。

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