第8話 小惑星の変わった住人

 小惑星サクガワは月方面やどのワームポートとも離れているため、それ以外の顧客をどう回っても効率的な経路は取れない場所にある。先輩はわかりやすく面倒くさがって一番後回しにしてしまっていた。ユカマリが

「いいんですか? 社長さんはここから回れって言ってませんでしたっけ」

 と尋ねると

「帰り時間に帳尻を合わせるから大丈夫」

 と言って気にもしていなかった。

 結局時間を飛び越えていくのだから何とでもなると思っているのだ。

 まずは地球便と軌道定期便を回収し、いくつかのステーションを回って単発で入った依頼を済ませると航路をサクガワへと向けた。船首に設置されている物理エディタで進行方向の空間をうまく伸縮させると航行時間の短縮ができるのだが、僕の現状の演算技術力ではそれでも半日かかってしまう距離。とはいえ半世紀前ならばどんなに急いでも一週間かかる距離だった。科学の進歩は素晴らしい。

 船はオートで目的地まで進んでくれるので、しばらくやることは無い。ちょっと遠出の旅気分を味わうもよし、仮眠をとるもよし、個人学習を進めても良い。こういう時間を作れるのが、この仕事のいいところだ。

 僕は少し前から考えていたことを提案する。

「先輩、そろそろ新人さんもこの仕事に慣れてきた頃だと思うのですが」

「何だ急に」

「久々に勝負しませんか」

「おお、でもなあ」

「大丈夫。彼女はきっと乗ってきますよ」

 僕と先輩はちらりと後部座席を振り返る。

「え? 私?」

 ユカマリの様子を見て、僕はニヤリと笑った。


 休憩時間の名目で、僕らはゲームに勤しんでいた。

 ボスには内緒でインストールしたもので、空間編集機体を操りながら撃ち合うFPSの一種だ。それぞれが座っている座席のVRシステムに加えて以前からこっそり用意していた端末をユカマリのシートに取り付けると、ユカマリの顔色が変わってきた。思った通りだ。

「ユカマリさんこういうの好きでしょ」

「ええ、そうですね、なぜそれを」

「ガジェット系の機器を扱っているときの目つきとかね」

「いやでもー仕事中」

「休憩時間です」

 先輩が船長権限を振りかざして言った。

「……長い休憩になりそうな気が」

 というユカマリの懸念は大いに的中した。

 ただ言い訳しておくと、これはキータッチの早打ちを競争を取り込んだアクションシューティングで、操作に熟練するとモビリティオペレーション系の能力向上にも寄与するという有り難い内容なのだ。指定のプログラムを打ち切ると能力が向上し、撃ち合いの際に優位に立てるなど色々な効果が発動する。呪文を唱えるようなものだ。

 端末操作で遅れをとる先輩の負けが混み始めると、先輩は「やっぱあかんわ」となり、操作系を全てマニュアルに切り替えて自前のアナログコントローラーを持ち出してきた。

 このゲームの素晴らしいところはこういうタイプの人にも勝利の芽が残されていることである。特殊能力を捨てて機動力で立ち回るのだ。

 そして徐々に勝率を戻し始め、勝負は白熱の展開となっていった。

 負けた人間がそれぞれ「もう一回!」と言い出すので勝負は際限なく繰り返された。そして全員の勝率がイーブンとなり、最終決戦の雰囲気で始めた試合で僕はあっさりと先輩に撃ち落とされた。その一瞬の撃ち合いの隙をついてユカマリが先輩の機体に襲い掛かった時、船体システムがゲームを強制的にシャットダウンした。我々はそれぞれに

「なんでだよ!」

 と文句を垂れたが、システムは事前の設定通りに淡々と目的地への到着を告げていた。視覚情報がメインウィンドウに切り替わり、正面に直径五百メートルほどの天体が見えていた。小惑星サクガワだ。

 我々は渋々と我に帰った。

 先輩は長ーいため息の後、

「仕事嫌い」

 と呟いた。


 小惑星サクガワはかつてレアメタル鉱星として機能していた星だ。

 港から旧坑道を抜けるとその最奥部に今回の依頼主である宇喜多爺さんの家があった。くりぬいた岩盤の内側をきれいに加工して住居としているのだ。雰囲気としては伝統的和風建築である。

 我々はさらに家の奥の一室に通されたが、そこは広いガレージ風の場所になっていて、どこで確認したんだかテーブルの上には三人分のお茶とお菓子が用意されていた。

 部屋は面積が広く、天井も高かった。入り口と反対側の壁は全て金属製の棚になっていて、様々な形状のカプセルが並んでいた。壺のようなもの、四角形の箱、六角形の筒や楕円形のボールなど、カプセルと呼んでいいのかわからない物が数十個はありそうだ。また別の壁には一面いっぱいに無数の鍵がぶら下がっていた。ひとつひとつが別々にフックに掛けられ、空になったフックもあった。確か、以前に来た時は箱が一つと別の箱の鍵を一つ預かった気がする。

 ユカマリが小声で

「これ、何ですか?」

 と僕に聞いた。

「タイムカプセルだよ」

 と棚の前をうろうろしていた爺さんが答えた。

 年の割には耳が良い。

「タイムカプセル?」

「知らないかい? いろんな世界のいろんな時代に箱を置いてもらって、未来の誰かに開けてもらうんだ」

「聞いたことはありますけど、そんな使い方でしたっけ」

「そこは時代に合わせてアップデートしたんだよ」

「何でこんなにいっぱいあるんですか?」

「僕らの子供たちが宝探しみたいにたくさん楽しめたら最高じゃないか」

「宝探しですか」

「宝っていうほど大事なもんが入ってんの、これ」

 先輩が茶化して言う。

 爺さんは茶目っ気たっぷりの笑顔で

「そりゃあ、受け取ったモンのこころもち次第じゃな」と言い返した。

「爺さんがガキの頃書いた作文とかやめてくれよ。たとえ家族でもありがたみゼロだからな」

「お前さんはほんとに俗っぽいのう」

「金にならなきゃ宝とは言わないんだよ」

「ちなみに、どんな宝物をどんなところに隠してるんですか?」

 ユカマリが口を挟んだ。

「そりゃあ、秘密じゃなあ。場所はともかく中身は言えんなあ」

 ユカマリは首を傾げながら先輩の方を見た。

「届け先は大体わかってんだけどね、俺たち指定された場所に置いていくだけなんだよ。本当は受領証もらわないとダメなんだけど、な」

「おたくの社長とはちゃんと話つけたじゃろう」

「まあな。空から海に落とせって言われた時は流石に驚いたけど」

「えーすごい。本気ですね、結構」

「本気ってか道楽だね」

 僕も海の話は初めて聞いた。

「海ってことは地球ですか。いいなあ。地球、行ったことないんですよ」

 と僕が言うと、爺さんは不思議そうな顔をして僕の方に体を向けた。

「おまえさん、前にそっちの出身だって言ってなかったか?」

「え、違いますよ」

「……そうか、記憶違いじゃったかな。いかんなあ。ぼけてきたか」

 爺さんは頭をかいて僕らのところにやって来た。

「今の地球は気候の変動で海の水位も変わってしまっとる。海の底にあったものが地上に出て来とるかも知れん。じゃがわしのタイムカプセルは頑丈でセキュリティも完璧じゃ。鍵がなければ開けられることはないじゃろう」

「何のこだわりなんだか」

 先輩は呆れ気味に目を細めてツッコんでいた。

 ボスの前では「話が長い」とか言ってたけれど、先輩は爺さんとの会話を楽しんでいるように見えた。集荷の順番を変えたのはわざとそうしたのではないかと思うくらいだ。

「そう言えばおまえさん、高次空間演算の勉強しとったな、あれどうなった」

 爺さんは急に話題を僕に向けて来た。

「よく覚えてますね。やっと単位溜まって上級講義に行けるんですよ」

「そりゃ偉い! お祝いにプレゼントじゃ。この鍵を特別に君に贈ろう」

 と言って爺さんは鍵をひとつテーブルの上に置き、僕の方へと差し出した。

 まさかこんな準備をしてくれていたとは思わなかった。意外な展開で僕は嬉しかった。だが問題がある。

「ありがとうございます。えーと、これ、探すんですか、箱」

「誠に奇遇ではあるがさっき話した海のやつの鍵じゃ」

「わー、大ヒント。海、広い……」

「あと、今回の荷物はこっちな」

 と、小さな包みを二つ先輩の前に置いた。

 今回の依頼は鍵のみだった。持ち運びが楽で良い。


 船に戻って出港の準備をしていると、ユカマリが

「ギンミさん、良いものもらいましたね」

 と言った。僕は船体システムの起動チェックをしながら

「今回の依頼がひととおり終わったらまた少し休めるから、地球旅行にでも行きますか」

 と言ってみたら、一瞬の間を置いて

「地球バカンス! いいですね! 私も休みとります!」

 と予想外の返事が返って来た。

 適当に流されるだろう思いつつのトライだったが、まさか通るとは。

 先輩の何か言いたげな視線を側面から感じたが、とりあえずは放っておこう。

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