第22話
寂しい住宅地でも、イルミネーションを始める家がポツポツとあった。貧弱な光の集まりは暖かさよりも悲しさを感じた。きらびやかな街中の明かりとは別物のように光るのだ。小さな世界に輝かせる質素な幸せは宙を浮き、迷子のように心細くさまよう。所々チカチカと光っているのが見えてくると、私はなぜか足早になり家へと急いだ。
自宅の玄関ドアに大きなクリスマスリースが飾られたのは十二月に入ってすぐの事だった。妻が「友人に誘われて」と言ったその友人というのは、三軒隣の妻と同じく専業主婦のMさんの事なのだが、一緒に交流館でやっていたリース作り講座に行って作ったものたらしい。
直径五十センチはありそうな巨大なリースは、小さな玄関ドアからはみ出しそうなくらいに大きくバランスが悪かった。身の程知らずを恥ずかし気もなく見せびらかしているようで、私はそれを見た時、取り外して捨てたくなった。もともとそれほど器用でもない妻の、季節感あふれる手作り作品だが、それはきっと講師が手直しをしたのだろう、リース本体は売り物のようにバランス良く輝いていた。
「どう、玄関のリース。ドアにぴったりよね」
私が帰宅するなり妻の声が飛んできた。
「ああ、そうだね」
「ちゃんと見た? サイズとか、良い感じだと思わなかった?」
「良いと思うよ」
そう答えるしかなかった。
「色合いもいいわよね」
「うまくできるもんだね」
「時間掛かったのよ、三時間も。Mさんもね、同じくらいかかったの。何しろ初めて作るものだから、でもまあ、私のリースの方がまとまりがあっていい感じよ」
「そう」
「今度見ておいでよ、Mさんの家のドア。なんかね、全然良い具合に収まってないのよねえ」
中学時代は私自身が幼くて、女はそういうものだ、と思っていた。人の悪口を言って別の友人と笑い合ったり、影で嫌って表では持ち上げる。腹の探り合いのような事を食事をするように自然に行っている。それに対して、嫌悪を抱いたりもしなかった。言ってしまえば、それに同調し笑ってうなずいていた。私は、あまり女性の生態を知らない。だから、だからだ、と今思う。私が妻と結婚したのは、だから、なのだ。
早起きの娘と、娘に起こされた妻の声がリビングから響く。なんとなくその音を聞きながら、私は何度か寝返りを打つ。昨夜の妻の叱責が頭をよぎった。
土曜日。八時過ぎ。やっと部屋から出ていくと、子供向けのテレビ番組が流れ、食卓にはきちんとした朝食が並べられていた。娘用の小さな椅子もあった。
私が起きて行くと「朝ごはん食べましょう」と妻の号令がかかる。皆で席に座る。それはまるで給食のように、スケジュール化された動きは気持ち良くも悪くもあった。
「これみて、可愛いでしょ」
妻がそう言って見せたのは、赤ちゃん用の小さなスプーンで、持ちやすいように形が工夫されているものだった。
「変わった形してるね」
「そうなのよ。イギリス製なの。Eさんにね、教えてもらって、通販で買ったのよ」
Eさんとの交流は順調に進んでいるらしかった。
「知ってた? Eさんのご主人、あの外資系のね、G社にお勤めなんですって。すごくない?」
「一流企業だね」
「そうなの。エンジニアしてるんだって」
「そういえば、外車乗ってたね」
「いいわよねえ、ベンツ。ガレージに止まってるだけで、同じ戸建てでもね、高級に見えるのよね」
この住宅地に建つ家は、どこも似たり寄ったりだ。どれだけお金をかけても高級感は出せないだろう。
「何がいいってね、あのお庭よ。庭師さんに頼んだんですって。どおりでセンスがいいと思ってたのよ。あ、庭師っていうか、ガーデナー?」
「ガーデナー?」
私は少し笑った。
「奥さん、自分でもやるんですって。お花選んで、庭の一部にハーブガーデンも作ってるらしいの。今度ね、見せてってお願いしてあるのよ」
「いいじゃない。君も、庭に作ったら?」
「そうなのよね、私もやろうかしら」
妻はそう言うと立ち上がり、コーヒーメーカーのポットを持ち目の前のマグカップに黒い液体をドボドボと注いだ。いつもの朝食に用意されるコーヒーだ。コーヒーと言う名の別の液体の味がする。私は毎朝、それを口に含み、何とか喉を通過させる。妻のこだわるコーヒーの味は私には合わない。しかし妻から見ると、私が美味しそうにコーヒーを飲み干しているように見えるらしく「やっぱりコーヒーはブラックよね」という共感の言葉を何度も繰り返すので、私がミルクや砂糖を加える事は許されなかった。
昼食を終えてからは、娘とテレビを見たり積み木をして遊んだ。趣味の無い私が、休日にやる事と言えば、娘と遊ぶことしかなかった。
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