第21話

 気温の低下で、駅まで歩くのが厳しくなってきた。ニット帽をかぶり、スーツの上にコート、マフラーに手袋、顔にはマスク、という姿で駅までを歩いた。

 家から一歩出ると、露出している皮膚に冷気が触れ澄んだ空気に覆われた。マスクのお陰で、乾燥した空気が直接喉に入り込む事はなかった。

 造成地を抜け、駅までの県道を歩く。途中、腰高のブロック塀の上に、白黒のぶち猫が寒そうに丸まっていた。時々見かける猫だった。顔はキリリと引き締まり、まだ若そうな体つきをしていた。首輪をしていたので、どこかの飼い猫だろう。私の姿を見ると、いつも身構え逃げる態勢になる。大きく見開いた目は、じっとこちらを見据え、私の動きを観察していた。この寒さの中、早朝から外へ出て、いったい何をしているのだろうか。まさか、私を見送りに来たのでもないだろう。もしそうだとしたら嬉しいのだが、飼い猫に、あまり感情移入はしたくなかったから、さりげなく猫の横を通り過ぎた。

 

 寒さで体が固まったまま、早歩きになると、時々転びそうになった。駅までに、一か所だけ信号機があり、そこで待たされるのが嫌だった。寒さに耐えるのに手袋の中の両手を重ね合わせる。マフラーを持ち上げ、首にできた空間を埋める。マスクの中で息を吐き口元を温める。

 結婚以来、短い髪の毛のお陰で、髪形を気にすることなくニット帽を使用できた。この辺りの気温は街中に比べ三度も低い。人の多い街へ近づくにつれて、徐々に気温も上がるのだった。

 男子高校生とおばあさんも、すっかり冬の装いだった。特に高校生は、駅まで自転車でやってくるため、風に吹かれ頬は真っ赤になっていた。手袋は無しで、首にはごついマフラーを巻いていた。少々不格好なマフラーは、誰かからのプレゼントなのだろう、と勝手に予想していた。一方、おばあさんは、丈が長めのコートを着ていた。背が低いため、もう少しで地面にこすりそうだった。首に薄手のスカーフを巻きつけ、高校生同様、手袋はなかった。いつも両手に重そうな荷物を持っていた。転んだら危ないだろうな、と見るたびに思った。

 冷え切った線路の上を、真っ赤な二両編成の車両が滑ってくる。乗り込む場所は毎朝同じで、座る座席も同じだ。私は、座ると荷物を膝の上に乗せ、すぐに目を閉じる。天気が良く明るい日は、時々外の景色を眺めるが、代わり映えしない車窓に飽きていた。季節は進むから、よく見れば変化はあるのだろうが、それも些細な事だ。

 

 帰り道の暗さが、華やぐ季節だった。会社周辺の街並みは毎度のように浮き浮きとした表情を見せていた。年末近くのクリスマスは人を陽気にさせる。出掛けなくてもいいのに出掛けたり、要らないものを購入してしまったりする。一年間、頑張った自分へのご褒美に、という若い女性が街に溢れ大量生産される。そう思っている私もその中に染まっていた。必要ないような文房具を買ったり、会社で使用できるようなマグカップを眺めたりした。ショーウィンドウは、若い女性の心をくすぐるように輝いていた。私もそれに心を奪われ、いくつかの店に吸い込まれた。安本と林が居ない夜、そんな時間もあった。

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