第10話

 披露宴の翌朝、新幹線で京都へ向かった。

 新婚旅行は、私の仕事の都合もあり、国内で三泊しただけだった。海外旅行へ行きたいと言っていた妻は「飛行機乗りたかったなあ」と、数時間に一度は不満をこぼした。しかし、そうは言っても京都の名所はきちんと調べていて、タイムスケジュールは完璧に出来上がっていた。私は修学旅行生のように妻の引率に従った。

 身の置き場の無い状態が続く事にストレスしか感じなかった。これが海外で一週間ともなると、私はどうなったことだろうと想像したら、寒気がした。

 

 家に帰るとぐったりとしたが、翌日からは平常通りの出勤だったため、私は早々に眠った。しかし、その家も結婚式の一週間前に越してきた新しい部屋だ。住み慣れているはずもなく、眠るベッドもホテルと同じようで、全くリラックスできなかった。一つだけの救いは、私の寝つきが良い事だった。寝心地が悪く、不満を感じつつも、眠る事は出来た。

 

 翌日は、まさに新生活の始まりだった。

 体が緊張して、妻の用意した朝食を食べるのも喉が詰まりかけた。慌ててコーヒーを飲んだら、苦くてさらにむせた。私も妻も笑いながら朝食を食べた。

 妻の背後で、テレビは明るく騒ぎ、天気予報を伝えていた。

「夜、雨が降るって」

 妻の言葉はなんだか下手なセリフのようで、誰かに言わされているような調子だった。

「折り畳み傘が会社にあるから、大丈夫だよ」

 私の答えもまたそれに似た調子になった。妻は笑ってうなずいた。


 その日の晩は、やはり雨が降り、会社にあった置き傘では間に合わない程のどしゃ降りで風も強かった。ズボンの足元がひどく濡れた。

「雨、ひどかったのね。早くアイロンかけて、乾かさなきゃ」

 慌てた様子で、狭い部屋を小さく走る妻の姿に私は生活を感じた。私の脱いだズボンを綺麗にアイロンがけした妻は、満足そうにそれを両手に持ちあげ、皺が無いかチェックしていた。

「あ、そうだ、写真、プリントしてきたの。見て見て、この写真、いい感じじゃない?」

 妻はズボンをソファにそっと置くと、新婚旅行の写真をテーブルに広げた。

「これ、一番良くない?」

 妻は京都駅で撮った写真が一番気に入ったらしい。私は自分が普通の笑顔をしていた事に安堵した。披露宴の写真同様、表情の深層、偽りの鼓動も、隠れて見えなかった。

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