第11話
結婚してから住んでいたのは、駅まで徒歩数分のマンションで通勤には大変に便利だった。部屋は二つ、ベランダもそれに沿って大きく造られ、洗濯物を干す空間にも二人分なら全く困らない広さだった。
六階建ての五階部分。妻は最上階が良かったと不満を抱えたままだった。
「ゴミ出すのが思ったよりも大変なのよ」妻が言うので、「出勤のついでに出していくよ」と言ったら最後、次のゴミの日から、私の出勤時刻にはきちんと玄関にゴミ袋が置かれていた。
「夜ご飯何が良い?」
これには即答できなかった。生活をするというのはそんな事の繰り返しだ。そもそも私は食に関しては無関心な人間だ。
「なんでもいいよ」と答えると「何か食べたいものは無いの?」と責められる。
おふくろの味か? 記憶にない。私の母が、料理を作らなかったわけではなく私の食欲に問題があるのだ。肉じゃがやらきんぴらやらだって食べていたが、美味い! と感動する事は無く、胃を満たすだけの野性的な感覚しかない。
夕食のリクエストには適当に答えても良かったが、私はそんな気の利いたことができる人間ではない。目の前にある物を食べる、それだけで、私の欲は満たされるのだ。
仕事には相変わらず無気力なままだった。安本はますます良い成績を収める営業のエースであり、林はそれを引き立てる出来損ないという構図が出来上がっていた。私はそんな構図の中に入れずに、脇に転がっていた。
「いいよな、安本は」
という林の愚痴を安本も私も聞き飽きていた。
「もう分かったから言うな」
安本の一喝で林は大人しくなった。
「林より、僕の方が情けないよ」
私がそう言うと、
「え?」
と林が真面目に分からない様子の顔。
「情けないのか? お前は」
安本の言葉が刺さると、林が便乗して、
「そうだよ、何が情けないんだよ、結婚してるくせに」
林の言葉に、
「お前、そういうのってさ、関係あるの?」
安本は、林に食いついた。
「えっ?」
林は、酒は好きでたくさん飲むが、すぐに気分よくフラフラとする体質だ。
「だから、結婚してるとかしてないとか」
「ああ、そりゃあ、関係あるでしょ」
林はフニャフニャと答えた。安本はそれ以上何も言わなかった。私も、何も答えられなくなった。
私は人間として、成立してない自身の行動が大嫌いだった。なぜ、こんなに不安定なくせに、世帯を持ったのだろうと日々問いかけていた。それなのに、結婚して一年後、娘が生まれた。私が父親になるとは、まさか、だった。
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