第2話

 大学を卒業して就職したのは、生まれ育った町の、地元ではある程度有名な企業であった。街の中心部にあるオフィス街、スーツを着て通うのに様になる、という条件だけで探し出した会社だった。

 知らない人は居ない、と言う程の自信は無いが、〇△会社に勤めています、と言えば「ああ、あの会社ね、それは安心だわね」と言われることは多かった。

 だからといって、私は自身の勤める会社が素晴らしいとも思わない。なんとなくこのまま一生勤め続けるのだな、とぼんやりと思うだけであった。


 安本と林の二人とは、入社後の所属部署が同じで、お互い切磋琢磨してきた良くも悪くも同士である。出身大学はそれぞれ違ったが大学のレベルは同じくらいだ。

 安本は東北出身、運動が好きで体格も良く筋肉質を絵に描いたような体の男だ。肌は浅黒く、活発な雰囲気である。じっと座って仕事をする事は苦手で、進んで営業職を希望したらしい。明るい性格に少し訛りのある会話力が好評で営業成績は良かった。

 林は関東出身、細身で小柄、色白の貧弱な男だが、顔立ちに品があり、紳士な態度が女性には評判で、地味にモテる男だ。しかし、臆病な性格は営業職には向かなかった。安本の足元にも及ばない成績。月末が近づけば、部長から嫌味ばかりを言われていた。

 私は、そもそも働く意欲などなかった。その怠惰の結果、営業成績は二人の中間くらいをいつもさまよい、良くも悪くもない平凡な成績で、褒められる事も、尻を叩かれることもなかった。


 学生気分の抜けきらない新卒社員は、どんなに仕事が遅くなっても三人での食事を欠かさなかった。そこで、一日堪えてきた言葉を放出するのだ。取引先で浴びた罵声や、隠してしまったミス、出来ない先輩、馬鹿な上司、話す事はたくさんあった。

 

 安本は黙って聞いていて「だよな」とか「マジで?」と短く相槌を打つ。

「僕、ダメだ。向いてないんだよ、営業」林の第一声は、大抵同じだった。

そして「いいよな、安本は。成績良いから」と続く。その後のセリフのやりとりは、毎回決まって再放送だ。

「安本だって、楽してるわけじゃないさ、な?」と私が言うと、

「まあな」と返答。

「向き不向きがあるからね、営業なんて」

 私は言い慣れたありきたりの言葉で慰める。が、ある日の林は新しいセリフを付け足した。

「異動願い出すよ。僕、じっと座ってやる仕事の方が好きだ」

「どこに?」安本が興味を持った。

「経理が一番いいかな。数字好きだし。営業じゃなければどこでも。総務でもいいさ」林は少々投げやりに言った。

「その方が合ってるかもな」私が言うと、

「俺もそう思うよ」と安本。

「でもさ、営業は人手が無いんだよな。新卒は、ほとんど営業職の募集だったろ。入社して三年は無理だって聞いたよ、異動」私が言うと、

「それ本当?」林は大きくため息をついた。

「三年頑張れ」安本の言葉はいつも短い。


 三人で話す時は、無愛想な安本も、仕事中は、愛想の良い明るいスポーツマンだ。誰だって常に同じテンションではいられない。私たちに見せる姿は、安本のリラックスした姿なのだろう。私だって、肩の力を抜いている。林も恐らく同じ。しかし本性は不明だ。

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