不熟

高田れとろ

第1話

 やはり十二月の風は冷たい。

 いや、冬はまだこれからだ、来月はもっと寒くなるのだろう。駅の改札を抜けると体がぶるっと震えた。冷気がヒューと頬に触れ、冬の匂いを放った。鼻腔をくすぐり、弄ぶようにしてどこかへ消えた。


 会社の同僚と夕食を済ませ帰宅をし、風呂から出て自室へこもると、妻が娘を𠮟りつけている声が聞こえてきた。私は火照った体のまま、しばらくそれを聞いていた。妻の声はトーンが高くしゃがれている。俗にいうハスキーボイスではない。心地良さがないのだ。耳に引っかかる雑音に不快感を否めない。壁に反響する声は荒れた海のように、ぐわっとうねった。

 大きく息を吸うと、部屋に満ちていた冷たい空気が肺に入り込んだ。パジャマの上にカーディガンを羽織り、部屋のカーテンを開けた。北側の窓から見えるのは、裏山だけの寂しい風景である。一番陽当たりの良い南向きの部屋は、娘が成長した時の部屋として使えずに在る。しかし、そこからの景色も大したものではない。ただ朝陽が入り、陰気臭くないというだけだ。 

 外を眺めても、この時間では暗闇が広がるだけだった。私は、窓から凍みる冷気に体を震わせカーテンを閉めた。やっと電気ストーブを付けた。扇風機型をしたその暖房器具は、大学生の頃から使用しているもので、長時間使用していると自然にスイッチが切れてしまう。最近不調だ。エアコンは出来るだけ使わない様にしている。たくさん重ね着をして、体が暖かいうちに布団へ入るようにと、妻からの指示を忠実に日常化していた。

 

 妻の声に耳を澄ませながら外を見ていたせいで、体が芯から冷えてしまった。

ベッドのふちに座り、オレンジに光る電気ストーブの明かりの前でしばらく体を温めた。隣家を彩るイルミネーションの明かりの色を思い出した。青赤緑とまとまらない数色が毎晩点滅し、暗い世界で踊っていた。 

 壊れる寸前の電気ストーブでは、つま先まで温まりはしない。私は枕元のスタンドを点け電気ストーブを消し部屋の電気を消した。暗いのは苦手だった。

 カーディガンを脱ぎ、ベッドに横たわる。さらに毛布と布団を体に重ねた。部屋の外ではまだ妻の声がしていた。


 時刻はすでに零時過ぎ。腕時計をしたまま眠るのが癖だった。気に入りのフランス製。薄暗い中でも見やすいようにバックライトは欠かせない。時計に右手を重ね眠りにつくのが、私の中の決め事だ。

 娘は一歳半だ。まだ物事を理解できる歳でもない。善悪などない本能で生きているのだ。叱る事に意味があるとは思えないが、妻は構わず大きな声で娘を叱責し続けていた。娘はどんな顔をして妻の言葉を聞いているのだろう。私は想像だけして、目をつぶった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る