第297話 日課

 その日一日の労働を終えたデュランとアルフは精錬所を後にして共に帰路へと就いた。

 ゼフも一緒に帰るのかと思い声をかけてみたのだったが、炉の火を落としたり見回り確認などがあるなどと言い、彼はその申し出を断った。


 精錬所などに用いられている炉とは、就業時間とともにすぐさま温度が落ちるものではない。

 また蒸気機関などにも言えるのだが、一旦火を落としてしまえば、すぐさま元通りになるわけではないのである。少なくとも蒸気機関だけで言えば、圧力が正常になるまでに最低でも一日の時間を要することになる。


 このため週に一度の休みを前にして、火を落とし汚れや故障箇所などの点検をし、翌日の休業日に再び機械を動かして予備熱を入れなければならない。そうでなければ、週明けの仕事初めと同時に仕事をすることができなくなってしまうからである。


 またその仕事も現場の監督・管理者であるゼフが一手に担っているとのこと。

 そう聞かされればそれも当然のことであると、デュランは思ってしまった。


 何故なら熟練労働者でもなければ、その仕組みすらも知らないため安易に任せられないからである。

 またいくら未熟練労働者が自分の下で働く小間使いとはいえ、何の知識も経験もない者にそれらを任せてしまえば、どうなるものか容易に予想はついてしまう。


 下手をすれば機械類を壊してしまうか、もしくは爆発や火事を引き起こしてしまう恐れもあったのだ。

 そのためゼフのような経験者が就業終わりに工場内部を点検と安全確認を含めた工場全体の見回りをし、そして仕事始めの準備までもしているというわけである。


 デュランは雇い主という立場上、またアルフも精錬所の他に鉱山や製塩所などを見回る仕事があるため、特にこれまでそういったことを気にする余裕すらなかったのだ。

 だがさすがに自ら手伝うなどという言葉をゼフにかけるわけにはいかなかった。


 一日や二日程度の短期間ならば、デュランもアルフも手伝える時間を作れることだろう。

 しかし、彼らには他にもやるべき仕事があるのだ。それに手伝いを買って出ることによって、逆に彼らの仕事までも奪いかねない。そうなってしまえば、彼らの信念から逸脱し、まさに本末転倒というもの。


 ここはその道のプロであるゼフに任せることにして、デュランとアルフは各々帰路に就いていたわけだった。


「にしてもよぉ~、精錬所の仕事ってのも大変なんだなぁ~。仕事が終わったってのに、機械のメンテナンスやら火の後始末、それに見回りまでした挙句に機械の火入れまでしねぇといけねえのかよ」

「そうだな……俺も頭の下がる思いだよ。勤勉というか、彼らは労働者として誇りを持ってこの仕事をしてくれている。俺達もそれに報いるべく、頑張らないといけない」


 アルフは愚痴というわけではなかったが、そうしみじみとゼフ達の仕事について改めて感心するような言葉を口にする。

 デュランも彼の思いと同じだったのか、その意見を肯定するよう頷き、改めて彼らの努力や仕事に対する情熱を裏切れないと心に刻み込むのだった。


「つっても、一体どうすりゃいいんだろうな? あのツメが原因ってのは分かったけどよ、それをどう改善するのか、まったくもって良いアイディアが浮かばなかったしな。デュランはどうだ。あれから何か思いついたかよ?」

「……いいや、俺もお前と同じだよ。あの場では色々試してみたものの、結局結果はご覧のとおりだ。まぁ、ゼフが言っていたように一朝一夕というか、一日二日で簡単に解決できるようなことじゃないのかもしれない」

「そりゃ確かにそうだけどよ……でも、ルイスの奴はそれなりの条件を突きつけてきやがったんだろ?」

「…………」


 アルフの言葉にデュランは黙りこくってしまっていた。


 彼が指摘したとおり、ルイスからは橋を作れとは言われたものの、その期日までは定められてはいなかったのだ。

 逆にそれがデュラン達の足枷となってしまっている。


 何故なら、それはデュラン達が活路を見出すべく、他の企業や会社にちょっかいを出させないというルイスの思惑が見え隠れしていたためだった。

 もしも数ヵ月や半年後などと橋完成までの期日を定められていたならば、材料不足や資金不足などという外に向けて言い訳することもできるかもしれない。


 だがしかし、期日が定められていたということは裏を返せば橋が完成させられるまで相手がいくらでも待つということでもあり、その取引条件は第三者の目から見ればとても緩やかであるとも言える。

 それは逆を言ってしまえば、何の言い訳をすることができないことでもあったのだ。


 またそれが重石となって他の企業家達に仕事依頼を頼んでもルイスとの取引が完了していない、または途中で取引条件を放棄したのだと受け取られかねないのである。

 それは相手側に取って見ても不安要素としてでしか判断されないのだ。


 カンカン、カンカン。

 デュランがそんなことを考えていると、不意に金属が打ち付けられている音が聞こえてきた。


「んっ? この音は……ああ、なんだ鍛冶屋か」


 それはどこの街でも見かける、外で作業をしている街の鍛冶屋から奏でられる音であった。

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