第295話 他人への配慮
「つまりこれまでの鋼鉄作りよりも、より早くそして一度に大量に作ることができるから、その分だけ人手が多く必要になる。そういうことなんだな、デュラン!」
「そうだアルフ。昔の製錬所……つまり鉱物石を溶かす作業では、労働者は最低三人もいれば事足りていたんだ。しかもそれはゼフのような熟練労働者が一人か二人で、あとは
「数十倍も! そんなになのかっ!? それは本当なのかよ、デュランっ!!」
アルフはようやく鋼鉄に纏わる作業効率化によって、より多くの労働者を雇用できることを知ると声を弾ませ喜んでいた。
更に補足する形として、デュランはこれまでの製鉄業とは明らかに雇い入れる労働者の数も違うことを改めて強調するとアルフは心底驚いていた顔をしていた。
それがなんだか可笑しく思えつつも、あまり彼のことをぬか喜びさせてはいけないと、デュランは更にこんな言葉を付け加えることにした。
「ま、確かに労働者自体の数は増えるだろうが、支払う賃金については
「お、おう。そうなのか?」
「ああ、人が増えるということはそれを賄えるだけの仕事の量を常に確保しなければいけないってことだ。それに新たに人を雇えば慣れるまで時間がかかるだろうし、最低でも3、4年は未熟練労働者としてゼフのような熟練労働者の下で修を行しなければいけない。もちろん当然のことながら、支払われる賃金はその仕事に見合ったものになるだろう」
「あっそうか。そうだよな……考えてみれば、それも当たり前のことだよな」
デュランは決して彼の出鼻を挫くつもりはなかったが、それでも事実だけはちゃんと伝えねばならない。
あとで賃金が低いことを知れば希望を抱いていた分、その反動は大きなものになってしまうかもしれない。
「……アルフ?」
さすがにキツイことばかり言い過ぎてしまったかと、デュランが顔を伏せているアルフの様子を窺がい見る。
その表情まで窺い知ることは出来なかったが、明らかにその顔は影を落としているようにデュランには見えてしまった。
「あ、あのなアルフ。さすがにウチに仕事があるとは言っても人を雇い入れる分、それなりのリスクを伴うんだ。それも明日明後日の仕事だけを考えるのではなく、数ヵ月数年後、その先の先まで見通して労働者を雇わなければならない。それに一人や二人を雇用するならあまり影響はないのだが、一度に数十人数百人ともなれば賃金についても相場に色を付けるのが精一杯なんだよ。お前がそうして落ち込む気持ちは理解できるが……」
デュランは落ち込む親友に対し、静かな口調を用いながらも彼を諭す形でそのように述べた。
アルフがデュランに対して憤ったり、いきなり胸倉へ掴みかかってくることはないだろうが、それでも目に見えて彼の雰囲気は落胆そのものである。
どのように彼に言葉をかけて良いのやらと、デュランは内心焦っていた。
だが、そんな彼の思いとは裏腹に顔を上げたアルフの表情は、今しがた考えていたものとはまったくもって違っていたのだ。
「デュランっ!! ちゃんとした仕事があって、しかも働いた分だけしっかりと金を払ってくれりゃ~、労働者から文句なんて出やしねぇよ!」
「そ、そうか。ま、まぁ俺としても他の工場のような時間外に働いた分の賃金を支払わない、なんてことをするつもりは最初から考えていない」
迫り来るアルフに気圧される形で、デュランは思わず後ろに仰け反ってしまう。
辛うじて後退りしなかったのは、あまりにもいきなりのことで反応できなかったからである。
「うん? それはそうだろうな。そんなことは今まで一緒に働いていた俺に対して、改めて説明するまでもねぇだろう。何で今更そんなこと口にしているんだよ、デュラン?」
「う、う……む。まぁなんというか、その……」
さすがに自分に対して彼が怒りを覚えていると胸内で思っていたなどと相手がアルフであったとしても、直接そんなことを口に出来るわけがなかった。
それを察したのか、アルフはこうデュランに向かって言葉を口にする。
「ははーん。まさかとは思うが、俺がそのことで気落ちしているとでも思っていたんじゃねーだろうな? 別に俺はデュランに対してそんなことをするだなんて全然疑っちゃいねぇよ。それともなんだ、逆に俺がそのことで怒ってるとでも思ってたのか?」
「うっ。す、すまないアルフ。お前のことを疑うような真似をしてしまって……」
「あーっ、あーっ、別に悪いことをしたわけじゃねぇんだからさ、そんな風に謝るなってデュラン。俺の方こそ意味深にも黙りこくっちまったから、お前に変な勘違いさせちまってたんだろ? お互い様ってことでいいじゃねぇか」
「それもそうだな……よし、分かった。これでこの話は終わりだな」
「おうよ!」
アルフは自分のことを気にかけてくれるデュランに対し、わざと明るく振舞ってそのように言ってくれた。実際何かしら理由があって彼は思いや悩んでいたのかもしれないが、今は気にする素振りすら見せてはいない。
だからこそデュランも彼が言ってくれたように、この場で敢えてその事情を聞き出すような真似はしなかったのである。
互いに親友だからこそ、言えないことがあっても不思議ではない。またそれが家庭の経済事情や家族のことならば、なおのこと相手から言ってくれるのをただ待つほかないのかもしれない。
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